Life Goes On (パタヤ日記)

世界一邪悪な(?)街・パタヤに漂着してタイ女性の部屋に転がり込みました。日々の生活からパタヤ情報まで発信中

スワンナプーム空港からパタヤへ



いつもはベル・トラベルという会社のバスを使う。
同社は、パタヤ・ヌア(ノース・パタヤ)のバス・スタンドから空港行きを出していて、こちらはわかりやすい。が、空港にはカウンターがなく、係員を見つけるか係員の持つ携帯電話に電話して呼び出さなければならない。係員は、たいていアライバル・フロアの7番とか9番の扉の辺りにいるようです。片道150バーツ。

今回は初めてノース・ウェスト航空で来た。1時間半遅れで到着が深夜1時半。無理して急いでタイに着たので疲れもあり、迎えに来たJと一緒に空港のホテル予約カウンターで宿を取る。名前は失念したが、空港から送迎のボルボで10分ほど、安普請のホテルに泊まった。それでも朝食つきで2,000バーツ。うーん、パタヤの物価から考えると高いなあ…っていうか、空港のカウンターなんかでホテルに入っちゃダメですね。

翌朝、またもホテルのボルボで今度は空港バス・ターミナルに送ってもらう。
ぼるぼのおっさん、しきりに「パタヤまで行くよ」とうるさい。
しかし、すっかり財布の紐が硬くなったJ、あっさりとかわしている。以前なら、すぐ、おれを振り向いて「ヤーク・マイ?」などといっていたくせに。

空港バス・ターミナルは空港からだとシャトルバスを使わなければならないので少々、不便だが、ターミナルはきれいだし、バスもきれいだし、車内でクッキーもくれる(?)。
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しかも106バーツとベル・トラベルより若干安い。
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意外にもけっこうファランと乗り合わせる。まあ、おれたちが住むソイ・ネーン・プラプワンでもそうだが、バジェットに暮らすファランがパタヤには多い。

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ちゃんと時刻表を確認しなかったんですが、朝9時が始発で、夕刻まで一時間おきくらいに出ているようです。
時間があってのんびり移動するにはいいんじゃないでしょうか?
パタヤを目指すとなると、ついいろいろな「あれやこれや」が思い浮かんで気も急くでしょうけど…。


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パタヤ〜バンコク・ツーリング

バンコクに所用があったので、一念奮起して(?)愛車・KAWASAKI SUPER SHERPA 250で行くことにした。
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道が良くわからないが、まあ、東に向かえばいい。
スクムビット・ロードをどんどん進む。途中、チョンブリを過ぎたあたりで右折するとバイパスと書いてある。んで、右折した。片側4車線くらいのでかいバイパスだ。
キチガイじみたスピードで車が走る。
が、おれのマシンだってモトクロスとはいえ「120キロくらいは出るんだぜ」とつぶやきながら必死で走る。

それにしても、車に乗ってる連中、特に高級車に乗ってる連中は性質が悪いですね。流れに乗って走ってるのに後ろから迫ってきて「どけ」といわんばかりにクラクションを鳴らす。バイクが目の前にいるのが気に入らないらしい。おれの前は車が詰まってるのに…。
左手で思いっきり中指を立ててやったら、これ見よがしに左から抜いてすぐおれの前に入りやがった。
まあ、こんなチキン・レースで死んでもしょうがないので、穏便にと思いつつ、少し詰まったところですり抜けで抜き返してやりました。
タイでは、車は決してバイクには勝てないのだ!

さて、おれはタイはおろか日本でも2輪の免許は持っていません。国際免許は一応、持ってるが、すでに1年の期間は過ぎている。が、バイクはさらに劣悪な交通環境のインドなどで長年乗っているので、タイくらいならかわいいもんです(?)。ただ、車の性能がいいので、ちょっと手ごわい。
いずれにせよ、こんなところでバイクに乗ってるとアドレナリンがどんどん湧出して、気分が高揚する。
かつて、中上健次が齢39にして2輪の免許を取り、「バイクは男根の象徴だ」と興奮気味に語っていましたが、そう、よくわかります。
もっと、速いバイクが欲しい。タイではモトクロスはヒジョーに重宝だけど、加速が弱い。

しかし、驚くことに125CCの原チャリが軽く100キロ超のスピードで爆走してたりする。いやー、たいしたもんだが、ああいうやつは長生きできないだろうな。
まあ、バイクってのはナチュラル・ハイでもあって、「このままフルスロットルで行きたい(逝きたい)」という衝動も抑えがたいものがあったりする。それは腹上死にも似たすばらしい死に様かもしれない?

バイパスをどんどん行くと、Bang PaとかBang Na(だったと思う)とかいう標識が出てくるがさっぱりどこだかわからない。
とにかく、両眼で0.7、裸眼で免許ぎりぎりのおれには、タイ語の下に小さく書いてある英語表記が読みにくい。
何しろ劇走してるし、排気ガス混じりの空気に涙ちょちょぎれで、サングラスはやはり汚れた空気に曇ってるし…。
それでも真っ直ぐに進んでいくと「Motor Way」に。なんと、バイクは入れてくれない。これも「Motor Cycle Na!」とか、笑顔でいうが、「メダイ」の一言。

いやー、バンコクの一般道はますます道がわからず、渋滞で空気はさらに汚れ、車はさらに傍若無人だ。バイクってのは、隙間をちょろちょろ走るべき存在なんですね。堂々と車線の真ん中を走ってるとどけといわんばかりの扱いを受ける。

せっかくなので旅行人気分を味わおうとカオサン・ロードを目指すが、結局たどり着いたのはパタヤを出てから5時間後でした。
バイタクの連中は優しかった。同じバイクということで同類扱いなのかな?

まあ、疲れ果て、顔は隈取りしたかのように煤けてた。
マッサージを受けにいったらふにゃふにゃになってしまって、夜遊びにも行けず。


翌日は所用を済ませ、午後1時過ぎ、バンコクを出る。
今度は忠実にスクムビット・ロードを下る。郊外に出るとなかなか快適。
きっと、もっと地方に行ったら気持ちいいだろうなあ。そのうち、イサーンにでも行こう。

しかし、直進Pattaya、右折Chonburiという辻で迷わず直進すると、またしてもMotor Way。あえなくUターンさせられた。

Chonburiを過ぎたあたりのドライブ・イン。
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マックとかKFCなんかもある。けっこう観光バスが止まっていたり、パタヤを目指していると思しきファランを乗せたタクシーなんかが止まってました。
そして、スタバにはいかにも上品なタイ人一家がお茶してた。うーん、あんなタイ人、はじめて見た。少なくともいま、ここでおれの周りにあんな人たちはいない(笑)。


家に帰り着き、道中の話をすると、バスなら片道100バーツくらいで、エカマイまで2時間半くらい寝ていけるのにと「コン・バー」扱い。
オンナに男根のロマンはわからんな…。


ところで、赤ナンバーは地域限定の走行許可だとJが言っている。が、購入したバイク屋は「タイ中どこでも行ける」という。
どうなんだろ?
まあ、止められるようなことはなかったけど。



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シーラチャへ



「プーケットに行ったときの日焼け跡がムラになっていて気になる」というJがシーラチャにいいクリニックがあると友人に勧められた。午後は5時から8時まで診察しているというので、バイクでシーラチャへ。

途中、樹木の豊かな起伏があり、空気が冷たいくらいで気持ちよい。ありふれた表現だけど、バイクは風を感じるのが良い。

クリニックは大混雑でした。
「スワイ」が命のタイ人にとってお肌は大切なんでしょうね。
日本も同じだろうが、皮膚科は圧倒的に女性が多い。
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診察と処方で180バーツ。
しばらく、薬塗るだけにして化粧などはするなといわれたらしい。

パタヤでクリニックというかエステみたいなところでJが相談したときは、大仰なパンフレットを渡され、なんとかいうコースを勧められていた。6,500バーツなり。
まあ、行くとこ間違えてる(笑)。

シーラチャはすごい(?)。
なんだか、日本のシャビーな街の繁華街みたい。
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「密会」って…ずいぶん大胆な逢瀬にしか見えないんだか、ダイジョーブだろうか(笑)。


シーラチャには24時間戦う日本の企業戦士たちがたくさんいるんでしょうか。
タイ人を一元的な管理の下で、クオリティ・コントロールするのはさぞ、大変だろうと思う。

こんなところにまでやってきて、日本ブランドを維持してくれているヒトたちがいるからこそ、おれみたいな風来坊もこうして生きていられる。イヤミじゃなしに、自虐も込めた本音です。
東京でラッシュアワーの通勤者を目にするときにも同じようなことを思う。


日本食レストランもたくさんあった。
ありすぎるような気がして、かえって心配だが、経営が成り立つということはそれだけたくさんの日本人がいるということなのだろう。




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バンコクへ



馴染み深い友人がインドに行くというので、バンコクに立ち寄った。
彼に会うために14日、バンコクへ。

午後3時、たこ焼き屋のセッティングをするJを手伝い、4時のバスに乗るつもりが激しいスコール。見事、ずぶぬれになった。

結局、5時のエカマイ行きに乗る。パタヤ・ヌアのバス・スタンドからエカマイまで121バーツ。

バンコクは渋滞とひといきれ、喧騒と排気ガスで充満している。スクムビット通りは空すらろくに見えない。
おれ、とても、こんなところには住めない…。

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義足のおじさん、クラリネットを吹いて小銭を稼いでいた。20バーツあげたら「謝謝」と。
中国人だそうです。それ以上は言葉が通じず、わからなかった。
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BTSでサイアムまで行き(25バーツ)、モタサイ・タクシーでカオサン・ロードへ(100バーツ)。
バンコクのモタサイ・タクシーは恐ろしい。でも、メチャメチャうまかった。

友人が宿泊しているゲスト・ハウスにチェック・イン。
この部屋、150バーツ。10代20代の若者ならいざ知らず、『いまさら、これもなあ」と思ったものの、「何にでも成れるところがおれのいいところだ」とひとりごちる。
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明け方まで呑んだバーには、仏壇ではなくでかい仏像が客席のすぐ脇に鎮座している。ファランが大声で談笑するすぐそこで、近所の店の店員が手を合わせに来たりしてました。
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バンコク散策


さすがに150バーツの部屋は寝苦しかった(笑)。
しかも、常にどこかで工事しているカオサン・ロード。その上、朝からエキゾチックなオリエント旅行でハイなファランの小僧どもがうるさいうるさい。

露店のカフェ。見栄えは良くないがコーヒーは濃くてうまい。
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秤の下に「Repair Dresses」。はじめはそれだけが目に入って「なんだこりゃ?」と思ったが、ランドリーだった。laundry.jpg


カオサンらしいかな。webuy.jpg


その後、友人の買い物に付き合ってパンティップ・プラザなどを回る。
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「シャチョー、シャチョー!」「エロビデオ!」「ノーカット!」っていう連中がうざい。そんなに日本人が買いに来るんですかね?
わざわざタイまで来てそんなもの買うくらいなら、パタヤにでも来た方がいいと思うけど(笑)。

パンティップ・プラザ、パタヤより安いけど、違法ソフトを除けば、日本の方がぜんぜん安い。ヨドバシ・カメラとソフマップ・フリークのおれでした。

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ツーリストとトラベラー



唐突だが、「シェリタリング・スカイ」(ベルナルド・ベルドリッチ)という映画をご存知でしょうか?

坂本龍一が音楽を担当したりして、公開当時、話題になっていた。
少々、やぼったい台詞であるがこの映画の中で主人公のジョン・マルコビッチがツーリストとトラベラーの違いについて語るシーンがある。正確ではないが大意はこんなカンジだった。
いわく「ツーリストは出発日と帰国日が決まっている。ツーリストは必ず帰る。しかし、トラベラーは、もしかしたら二度と帰らないかもしれない」

友人もおれも、どちらかというと「パーマネント・トラベラー(つまりこの後は同意反復なのだ)でありたい」と希っているタイプであるが、せっかくなのでツーリスト気分でワット・ポー見学などに行ってみた。
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仏像はでかけりゃいいってもんじゃない。金ぴかならいいってもんじゃない。
そんな気にさせられるが、曲がりなりにもお釈迦さまなので礼拝はする。
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本堂でダラダラと掃除機をかける男がウザイ。タイ人の音に関する感覚の欠如は良く感じるのものだ。
寝釈迦像の堂の入り口、履物置き場でダラダラする職員は、なんとラジカセでヒップホップをかけていた。
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なんか、とっても不思議な空間だった。
そもそもお寺自体が中国様の像や絵に満ち、卒塔婆の配置も仏像の配置も、ブッダ・ガヤのようなシンプルさと明快さがなく雑然としている。そんなところをぞろぞろとファランの集団が歩き、時には堂内で渋滞し、カメラを構えてフラッシュが焚かれ、よくわからない嬌声が上がる。

寝釈迦像の堂で『チュッチュッ」するファランとタイ・オンナのカップル(笑)。このファラン、浮かれまくっとった。
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今福竜太に指摘されるまでもないツーリズムの醜悪さを思うとき、より最悪なおれ自身の醜悪さがイヤになる。しかし、いまの世の中、それ以外「どうしろっていうんだ!」という気にもなる。
こういうところに来ると、結局、ブルーになって「やぱ、来なきゃ良かった」と思うんだよね。

お寺の前でやたら粉っぽくってコンデンス・ミルク臭いコーヒーを呑み、友人と別れてバイタクでサイアム、BTSでエカマイに戻り、パタヤへ。

パタヤへ戻るとなんか、ほっとしてしまった。

バス・スタンドに迎えに来たJとサード・ロードのムーカタの店に行く(ひとり119バーツ)。
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おとといのたこ焼き屋の売り上げは870バーツ。
昨日はお休み。


おれの好きなタイの仏像。
Jのふるさと・スコータイ、ムアン・カオ(古い街)にある「アショナ仏」。
いい顔しておられます。
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せっかくモトクロスなのだから



サイアム・カントリー・クラブというゴルフ場を抜けて、さらに内陸部へとバイクで走ってみた。
こんな風景がひらけて来る。
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あの丘まで走ってみることにする。

サイアム・カントリー・クラブ入り口の植樹。黄色の火炎樹みたいでキレイだった。
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暑くて、乾いた風が吹いていて心地良い。
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焼畑やってます。
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乾いた土で道はずるずる滑る。
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延々と続くパイナップル畑。
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あまーい香りに満ちていました。
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ボワーンとだだっ広くて、ヒトの気配もないこんな風景を眺めていると、タイ王国がそこら中にやたらと国旗を掲げたくなるのもわかるような気がしてくる。
大陸でその版図を維持するのはなかなか容易じゃないのだろう。

しかし、こんなハナシもある。アショーカ王という仏教を篤く信仰し保護したインドの王がいた。
その版図は文献によると「バニヤン樹の茂るところ」と記されているらしい。つまり、明確な国境などなかったのだ。「だいたい、この辺まで」みたいな感覚である。
もちろん、近代国家成立以前のハナシ、紀元前のことだ。でも、そんな時代と大して変らない頃、中国では万里の長城なんてものを築いていた。


アジアってのは「中国的なるもの」と「インド的なるもの」のせめぎあう地だと思う。

東南アジアはその両者の折衷である。

ちなみに日本は「中国的なる」ものから逃れて、しかし、その中国に対抗せねばならないがゆえに、「小中国」を築くことで「中国的なるもの」から解放された島。大いなる矛盾を抱えた中国文明の衛星…だろうか。
きっと、数百年とか数千年のタームで台湾もそういう島になる。

おれのはじめての海外旅行は20年も前になるが、中国だった。1ヵ月半の旅行で疲れ果て打ちのめされて帰ってきた。
その3年後、インドに行った。2年半の暮らしですっかりインドになじんでしまった。おれはアジア人としては「インド的なるもの」寄りである。


そんなことを考えながら、スリップを繰り返しつつ転ばないようにバイクで走る。
結局、丘にはたどり着けなかった。麓までで道は丘を迂回してしまうのだった。

舗装道路を離れてからふたたび戻るまで、だれにも遭わず…。ヘンな大晦日だった(笑)。




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パタヤから

3日にバンコクに出、インドのヴィザを申請。5営業日必要とのことで、4日から8日までJとふたりでカンチャナブリに旅行した。
9日にバンコクでヴィザを手にしたものの、直近では手ごろな価格の航空券が取れず。結局、13日のチケットを買った。バンコクはあまり好きになれないし、金ばかり使ってしまうので10日、パタヤに戻ってきた。

ということで、「年末年始も営業します」と大見得を切ったものの元旦から10日まで休んでしまった露店を今日、久しぶりに開けた。
隣の店の兄ちゃんが「何人も日本人が来たよ」といった。お越しいただいたみなさま、どうもスミマセン。気にかけていただいてどうもありがとうございます。

正月休みはとっくに明けたと思うのだが、市場はヒトが少なく、今日の売り上げは560バーツ。
まあ、長く休んでしまったし、しょうがないか。


ところでカンチャナブリといえば「戦場にかける橋」。
大日本帝国軍が捕虜やアジア各地から徴発した労働力を酷使して、多くを死に至らしめたかの有名な泰緬鉄道がいまも観光用に一部運行しています。

クワイ川に沿った道路の一角がゲストハウス街になっていて、飛び込みでとあるコテージ風のゲストハウスに泊まった。エアコン、ホットシャワーつきで600バーツ。
バンコクからのバスを降りて、モタサイ・タクシー(サイドカー仕様)に言われるままに連れて行かれたゲストハウスはえらい不便なところにあり、それは邪険にお断りして、中国系の抜け目なさそうなマダムが丁重に迎えてくれたチャトゥナン・ゲストハウスというところを選んだ。安普請だったけど敷地は広く庭も植え込みもよく手入れされていて悪くなかったです。
ビルマ人の夫婦(タイ語が通じない)をこき使っているところが「マダム、やるな…」ってカンジでした。
ところでこんなところにもバービアがあって、沈没っぽいファランがいて、そのファランにくっついているオネーサンたちがいる。物価も安そうだし過ごしやすいのかな?

二日目はレンタカーを借りてエラワン滝というところを散策。
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「おお、タイにもこんな清流が…」という驚きはあったものの、いまやダムだらけとはいえ清流にかけて日本は相当なものですから、日本人が行って感嘆するほどのものではない。おれ、高校は山岳部、大学は探検部(バブル期にかなりマイナーな青春だった)なので沢登りなんかにもよく行ったのだ。
下から上まで滝を巡りながら散策。ゆっくり歩いて往復2時間強。
たくさんのファランが上り下りしてましたが、「なんで遊びに来てこんなつらい思いをしなきゃいけないの」とぼやきながらも、Jは彼らの間を身軽に縫って50バーツのサンダルでほいほい歩く。
西洋人はスニーカーやらハイキングモードのシューズで、それでも濡れているところや岩場はやたら慎重。彼らと較べるとサンダル履きのJやおれは「自然を舐めている」ということにもなりそうだが、Jの歩くさまを見てるとまあ、おれたちアジア人は「やっぱ、サルだ」と思った。
たぶん、素足感覚がまるで違う。

翌日はHell Fire Passへ。
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たくさんの捕虜が死んだオーストラリアが建てた博物館がある。
とてもエモーショナルな構成で、建設のモティベーションは強い怨恨に支えられているように感じた。Jは「コン・ジープン、ニサイメディ!」としきりにおれをねめつけ、「ファランがあんたを見る目が怖かった」とかいってる。
その後、泰緬鉄道に乗車。ここでカメラのバッテリーが終わってしまった。
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車内はファランからタイ人のグループまでたいへんな混雑だった。

その後、二日間はのんびり過ごし、カンチャナブリ市内でクワイ川鉄橋、ふたつの博物館、連合軍墓地、日本軍が建てた慰霊塔などをレンタル・サイクルで巡る。
確かにJの言うとおり、時に西洋人からの冷たい視線を感じるような気がした。考えてみれば、産業革命以降、西洋人をほとんど奴隷として組織的に扱ったのは第二次世界大戦中の大日本帝国軍くらいのものだろう。
有史以来、ヒトはヒトに対してすさまじい抑圧をそこここで強いてきたわけで泰緬鉄道の悲劇がそんなに特別だとも思わない(別にそんな事実が大日本帝国軍の行いを希釈するるわけではないが)が、産業革命以降、天下を取った西洋人の心奥の何かが揺さぶられるのだろう。「涙を目に一杯溜めながら展示を見ていたファラン夫婦はあんたが通り過ぎると表情が変った」とJがうるさい。とにかく、Jは博物館ではファランの顔色ばかり窺っていた(笑)。

まあ、あまり難しいことは書きたくありません。
ただ、おれは履物職人で戦争時、徴兵に召じず田舎の山中で終戦まで逃げ通した祖父に、こんなとき、改めてココロからの敬意を抱きます。


9日朝、バンコクに戻りふたたび銀だこを食って、ついでにエスプラネードにあったアイススケート場にJを連れて行きました。Jはスケート初体験。スケート場で転びまくって今日もまだ筋肉痛(笑)。
ところで、スケートリンクの整備はまるで行き届いていませんでした。ガタガタです。ふたりで靴を借りて1時間券を買って600バーツを超えていた。高い。

翌10日、パタヤに戻る。



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夢のよう


インド(西ベンガル州・オリッサ州)を経てバングラデシュでしばらく過ごし、パタヤに戻った。



バングラデシュでは、北部のこんなバススタンドでバスを降り…
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こんなリキシャに乗って…
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こんな村にたどり着き…
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こんな家に居候し…
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こんな店で飯を食い…
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甘い茶をすすりながら、男たちとだべり
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村を徘徊し
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物見高いガキどもにまとわりつかれ
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散髪などもして過ごした。
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パタヤからも東京からも異次元空間のようなこの世界。実はおれの慣れ親しんだ世界でもある。だから、たくさんの?マークにアタマを占領されることもなく、ディテールを忙しく求めることもない。ただただ呆然としているうちに時が過ぎていく。
夢でも見てるかのようだった(笑)。

風景だけ、ヒトの営みだけが、解釈なしに目に映りこんでくる。
ヒトの営みってのは、「モノを運ぶ」って行為に集約される…そんなことを思った。ヒトビトはなんとさまざまなやり方でモノを運んでいることだろう。

タイも車社会とはいえ、ピックアップが花形であるところ、まだまだ、ヒトの本源的な営みを保っているといえるのかもしれない。サイドカー仕様の原チャリも(笑)。

3週間、村にいて、つまるところ気がついたのはそれだけだ(笑)。


それにしても寒い。
みんなぐるぐる巻きだ。身も心も縮こまってしまう。
おれがやりたいと思っていることは実現可能だ。手を貸してくれるヤツらもいる。ただ、実はまだ、おれ自身の準備の方が整っていないことに気がついた。
もう少し、時間をかけようと思う。

ベンガル地方は、4月、冬からいきなり酷暑の夏になる。
それまで待つことにした。




ところで、ひとつが「夢」になると、そのほかのたくさんも夢になる。
いま、パタヤもまた、夢になった。


旅に飽いてしまったおれにも、まだ、旅がもたらしてくれるものがある、それは「夢」。しかし、希望や獲得対象としての夢ではない。歳とともに重たくなりすぎる「自意識」ってヤツを「吹けば飛ぶ」ような軽いものにしてくれる「夢」なのだ。






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ふたたびスコータイへ

パタヤに戻るとすぐにJに付き合ってスコータイに行った。
レンタカーを借りてみる。Jが「こないだ友人は一日800バーツで借りた」という。「車種は?」と訊いても「知らない」。いろいろ訊いて回ったが、そんな価格のレンタカーはなく、最安でも1200バーツがいいところ。
結局、サード・ロードで1600CCのカローラを値切り3日3,500バーツで借りた。別に保証金が3,000バーツ。これは返却時にちゃんと返してくれました。
ちなみに以下の行程で移動して、ガソリン代が合計2,900バーツ。

パタヤ〜スコータイ〜シー・サッチャナーライ〜スコータイ〜アユタヤ〜パタヤ

車の状態はまあまあ。
たぶん、冷房のベルトだと思いますが、少しキュンキュンいってた。
パタヤからスコータイまではちょこっと道を間違えたりしたが、中国正月と重なった深夜だったせいか車も少なく快調。夜8時に出て深夜3時前に到着。
カローラで180キロも出るとは驚きだった。


スコータイでは中心街に近いサワディッポン・ホテルに2泊。一泊450バーツ。地味だが悪くない。近所にあるドリーム・カフェというレストランが良かった。
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ビール大瓶一本と薬酒(いろんな薬酒があった)4杯にご飯をおかわりして650バーツ。料理はすぐ出てくるしうまい。何より雰囲気が良かった。
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翌日、JのFamily Affairを済ませてから、せっかく車なのでスコータイから50キロほど離れたシー・サッチャナーライ(Sri・Satchanalai)歴史公園へ。スコータイのムアン・カオ、シー・サッチャナーライの遺跡群、カンペン・ペッ城塞はスコータイ王朝の3大遺跡で、あわせて世界遺産らしい。
Jの両親、妹夫婦に訊くと「行きたい!」と即答。カローラに6人乗りで出かける。
「行きたい!」わりに4人は遺跡群を前に日陰でグダグダするのみ。興味ないんでしょうねえ。ってか、興味の持ち方を知らないのだろう…。
Jは、「暑い暑い」といいながらもおれのあとをついてくるが、遺跡よりもそれを見に来たファランの旅行者や周囲のタイ人の方に興味が向く。典型的な田舎者である(笑)。

彼らは、こんな階段、けっして登ろうとはしない。当たり前か(笑)。
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遺跡はスコータイのムアン・カオ以上に保存状態がひどい。でも、それが返ってナチュラル・ハイを誘ってくれたりする。このあと訪ねたアユタヤの遺跡は保存もよく復元物も多く観光客も多かったが、あまり「ぼんやり」できる環境ではなかった。
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3日目、Jの両親の家、Jの実家(祖母などが住む)に寄り、一路、アユタヤへ。
途中、カンペーン・ぺ(Kamphaeng・Phet)というスコータイ王朝の城塞都市跡がある街を経て、日没ごろ、アユタヤに到着。
アヨタヤ・ホテル(1,500バーツ、朝食つき)に泊まる。とっても割高な印象のホテルだ。

翌日、遺跡をチラッとまわり、博物館によってからパタヤへ。パタヤには夕方到着した。
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同じ世界遺産を持つスコータイとアユタヤだが、バンコクからの距離のなせる業か、アユタヤは観光客が多く、ホテルも高く、全体的に「すれている」印象を受けた。それに較べるとスコータイは田舎臭くて過ごしやすい。
まあ、自分のオンナがスコータイの出だからそう思うのだろうか(笑)。

アユタヤにはたくさんのツアー客が遺跡にバスで乗り付けて、それはそれは騒がしい限りだった。東洋人に限らず、総じて団体旅行客というのは、そうでない立場の人間の目には見苦しく映るものだ。

日本人街の跡地にも行ったが本当にひどいところでびっくり。入場料を20バーツも取られて中に入ると日泰協会のお土産屋しかない。唖然として車に戻ると誘導係のおじさんが肩をすくめて慰めてくれるほどなのだ(笑)。
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ところで車の運転席から見るのとバイクに跨っているのとではずいぶん、交通事情の印象が違う。100台に2,3台はとんでもないバカがいて驚かされるけど、思ったほどマナーも悪くないような気がした。麻痺してるのか気のせいか?(笑)。
少なくとも、バイクが受けるハラスメントは車同士の場合にはない。





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乾いた小旅行

今朝はJの初出勤。9時出勤だが6時頃から目を覚ましていたらしい。本人もそれなりに緊張しているのだろう。そんなJは近所のコーヒーショップに出掛ける際、寝室のカギを中に忘れたままロックしてしまった。

Jを送って帰宅後、おれはネットでピッキングの方法などを調べ、安全ピンやら針金、アーミーナイフを持ち出して、探偵かルパン三世よろしく(?)なんとか開けてやろうと粘ったのだがダメ。練習に別の部屋のノブで試しているうちに、ついうっかり、その部屋まで閉じ込めてしまった(涙)。バカです、まったく。
なんと、バイクのカギも携帯電話もすべてこの部屋の中なのだ。
しばらく唸ったが、面倒だし意を決して(?)蹴り破ることにした。一度やってみたかった(笑)。今度は無頼の賞金稼ぎ「Midnight Run」のウォルシュ(ロバート・デ・ニーロ)気取りである。

んで、こうなりました。
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完全なバカ?…いま、言い訳を思案中

寝室の方は、近所のタラー(市場)に出掛け、カギ屋のおじさんに来てもらう。200バーツ。おじさん、いともあっさり開けやがった(笑)。方法はネットにも紹介されていたピッキングそのもの。道具も酷似。万国共通なんですね。


その後、最近、パタヤでも数が増えているKSR110を見にバイク屋へ。
走ってるのを見ると、とっても楽しそうなんです、このバイク。
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ああ、欲しいなあ…と物欲に支配されているおれ。やっぱ、カワサキのバイクはステキだ。
57,000バーツ。保険・登録料など込みで58,200バーツ。

そのまま、バイクで散策に出た。久しぶりにジョムティエンへ
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パタヤと違ってなんだかとっても健康的なリゾートの雰囲気(?)。ただし、今日は内陸側へ。

道の真ん中の神様を通過し…
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ゲートと噴水だけ先に完成させるリゾート住宅地を通過して、さらに進む。
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ふと、妙なものが目に留まる。
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船だった。

道を外れてソロソロと近づいてみる。
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なんだか、「グイン・サーガ」とか「エルリック・サーガ」とか、そんな年代記モノのファンタジー小説の世界かなにかに迷い込んだのよう。

だんだん、大胆にどんどん奥に進んでみる。
こんなとき、バイクはいい。なんかアブなそうなヤツとか、挙動不審なヤツでも現れたらさっさとスロットルを開けるだけだ。先日、1ヶ月インドとバングラデシュを旅したときは、もちろん、バイクなどなく、なんとなく丸裸にされたような不安すら感じたもので、あんまりバイクとべったり過ごしているのも依存症的になってよくないのかも知れない(笑)。

すると、続いてでっかい象のフン。
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しかし、象は見ない。

さらに奥には、造船所なのか解体所なのかわからないが、たくさんの船が陸に引き上げられていた。
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ところで、おれは砂漠と砂漠の民にすごく憧憬と羨望を抱いている。乾いたところには、風景にもヒトにも独特の「美」があると思う。まあ、細かいハナシはまたの機会に譲ろう。
でも、湿潤のアジアも乾季には、けっこう乾いた「あの感じ」を彷彿させる一瞬に出会うことがある。
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今日もそんな出会いに恵まれた日となったわけで、いま、なかなかいい気分なのだ。




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バンコクで


ちょっと用事があってバンコクに来ています。
昨夜はついでにソイ・カーボーイなんぞを覗いてみましたが、なんと、店内は禁煙。しかも、選挙関連の規制を意識して、ビールはお冷のグラスみたいなもので出てきました。
「バカラ」という店のハナシです。
いや、びっくり(笑)。

その後、ナナにも行きましたが、こちらはいたってフツー。
公権力への媚薬のかがせ方の違いなのでしょうか?

それにしても、パタヤは「オンナが美しくない」とか「ぞんざいだ」とかいう感想を聞きます(バンコクのオネーチャンたちも「パタヤに住んでる」というと同じようなことを言う)が、ある種のイメージの刷り込みなんでしょうか。
こればっかりは個人的好みだが、ゴーゴーでもバービアでも、パタヤの方がすべての面においてレベルが高いと思う。もちろん、オンナたちも。

しかし、おれの場合、パタヤではなかなか夜、徘徊できないのが哀しいところだ(笑)。





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意外な出会い

実は先日、ソイ・カウボーイに寄ったとき、数年前にお世話になった女性とばったり出くわした。

なんでも、その後、お客として訪れたフランス人と恋仲になり、その男について彼の赴任先であるインドのチェンナイで約1年、夫婦生活(?)を営んでいたらしい。
しかし、彼女の妊娠を機に男の態度が変化。「ゼッタイ出産は許さん!」などというハナシになり、大喧嘩の末、彼女は身重のままタイに帰ったが、その後、流産してしまったそうだ。
静養の末、お金も乏しくなり、ふたたびソイ・カウボーイに舞い戻ったというわけだ。
少しやつれた感じは残っているような気がしたが、一年のマダム生活(?)もあってか、英語もおれとであったころより上手になり、全体的に洗練されたようだ。


いきなり呼び止められて、おれは一瞬よくわからずきょとんとしてしまった。しかし、さすがタイ人、おれの名前まで覚えている。「あたしの名前、覚えてる?」といわれて、しどろもどろしてしまったが、開き直って「覚えてない、ごめん」といった。

その後、店内では喫煙できないので、バー前のテラスに座り、彼女にビールをおごり昔話をした。

数年前、とある国で働いていたおれは休暇への経由地、バンコクで早速ソイ・カウボーイに繰り出し、彼女に出会った。彼女はドレスを着たゴーゴー・バーの呼び込み嬢で、おれを席に案内しそのまま居座った。ホリの深いちょっと不思議な顔の女だった。
久しぶりのお遊びに弾けていたおれはバーで彼女としこたま飲み(コーラはおごらないけど、酒ならおごるのだ・笑)、そのままディスコでも飲み続け、ふたりともべろべろでホテルに帰り着いた。
そして、当然することをしたわけだが、流れのままにそのまました。翌朝もごく当たり前のようにそのまました。
そして、昼過ぎに起き出して、MKで飯を食った。バンコクには数日滞在する予定だったが、どうするかはまるで決めていなかった。飯を食っていると彼女はふと、「生でしちゃったね」という。
責めるような口調ではなかった。
どこか確信犯的なところもあったものの、酔いのせいにしつつあいまいに答えるおれに彼女は「あたし、子供が欲しかったの。もうすぐ26になる。まわりの娘たちはみな子供がいる。とってもうらやましい」と続ける。なんだか、話の展開がよくわからないおれに彼女はさらに続けた。
「これは運なのよ、きっと。ねえ、子づくり手伝って!」
このとき、まじでおれはタイスキ吹きました(笑)。
「養ってとか面倒なこといわないから。妊娠させてくれればいいの。あとは自分で働いてちゃんと育てるから」

こう正面きっていわれると引くものだが、なんだか、そんな彼女がすっかり気に入ってしまい、何か考えるのも面倒になってしまった。飯を食い終えると彼女にせかされてホテルに戻り、「子づくり」に励んだ(笑)。その後、彼女のアパートに連れられバンコク滞在中ずっと彼女と過ごした。

休暇を終えて仕事先の某国に戻りしばらくすると「できなかった。メンスが来た」と彼女から電話があった。しばらくの間は、ときどき、電話やSMSのやり取りをしていたが、おれが契約を終えてその国を去ったため音信は途絶えた。


「あのときはたまげたよ」みたいなハナシをしつつ、ビールを飲んでいると「あそこのファランがあたしをペイバーしたいといってるの。ごめんね。また明日来て」と彼女が明るく言った。
なんか少しほっとした。
「でも、明日も飲むだけよ。ペイバーはしないで」。
結局、最後まで名前を教えてくれなかった。もちろん、バカでやぼなおれはいまだに彼女の名前が思い出せない…。

ところで、こんなことを思い出しつつ考えるに、どうも、おれは種無しらしい(笑)。




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ビーチ巡り


ちょっとしたツーリングと思い、パタヤからスクムビット通りを下り、サタヒップまで行ってみた。

サタヒップの街。
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こじんまり静かな雰囲気のところだったが、とにかく軍関係施設が多い。おれはユニフォーム・フェチではないので、どうにも制服を着た連中が苦手だし、そんな連中がぞろぞろいるところは好きじゃない。

これも一応、制服か?
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服役囚の奉仕労働らしい。

サタヒップの海
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リゾートというカンジではない。



来る途中、いくつもビーチの案内標識を目にしたので、めぐってみることにした。
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しかし、サタヒップ周辺は軍事施設だとか演習場だとかがやたらとあって、そこら中にゲートがあり、検問を敷いている。住民以外、入れてくれないところが多い。上記のビーチへ至る道路は途中で封鎖されていた。

続いて、こんな但し書きがついているビーチも。
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こうなると、どうにもこのビーチが気になる(笑)。
別に施設だ基地だっていって、ぜったい大したことないんだ。得てして隠すほどもモノなどありゃしない。それがばれちゃまずいのか(?)。


今度は、道なきところを指し示す標識
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入ってみたけど、やっぱり行き止まり…。これも気になる(笑)。


そうこうしているうちに小さな漁師町・バン・サレイまで戻ってきた。
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ここはパタヤから20キロほど。
それでも、パタヤやジョムティエンとは隔世の感あり。静かで穏やかなビーチがあって心地良い。ビーチではバーベキューやナベ・セットも貸してくれる。
マッタリと過ごせるいいところです。
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相変わらず、パタヤとその周辺はリゾート開発が盛んですが、中には途中で抛り出されたままのモノも。
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奥に進んでいくとこんなカンジ。
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突き当りには海がひらけてくる。
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その隣も…。
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帰り道、よそ見しながらブラブラ走るおれを迷惑そうに抜いていったファラン。
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ときどき、片手でゴルフ・バックの位置を直しながら80キロくらいでぶっ飛ばしていた。目障りだし目の前でコケられても迷惑なので、二度と追いつかれないように抜いてやりました。




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東京にて


15年以上も前、はじめて海外生活を経験し、約3年ぶりに日本に帰ったときのこと。
炊飯鍋を買い、あきたこまちを念入りに炊いた。食して愕然とした。
「こんなうまい米、食っていてはいかん!」と(笑)。
なにが「いかん!」のか、じっさい良くわからないとはいえ、あわてて航空券を買いに走り、その後、旅に出た。

もちろん、日本にいたくない理由があってのことだが、それにしても「やばい」くらいに日本の飯はうまい。


いま、そんな日本の飯を食いながら思う。「タイと日本では飯の食い方が違う」と。
タイは「ながら飯」。日本の飯は「集中して食うもの」である。
たとえば、熱くもないのにJは飯を食うのが遅い。だらだら弄ぶように食う。日本のように飯も汁もおかずも何もかも熱かったら、いったいどのくらい時間がかかるのか興味深いところだ。

ご飯を左、味噌汁を右に、茶碗を上げ下げしながらおかずを受けては箸を使って飯を口に運ぶ。なんだか、神経を使う作業をしているかのような気分にもなってくる。辺りを見回すと、やはり、客はみんな黙々と飯を食っている。料理人はてきぱきと身を処しながら、天ぷらの揚がり具合に目を光らせている。時折、油のはぜる音がして、静かにBGMが流れている。
さっき、近所のとある天ぷら屋で飯を食ったのでした。

しかし、ぱさぱさのインディカ米に慣れたおれに、日本の米は少々重い。Jの影響で朝から米が食いたいのだが、食えば腹が重くなり過ぎるだった。食への集中力が余計にそうさせるのかもしれない。まあ、孤食だし。
ただ、真剣に食うに値する厳かさを日本の食が持っているのも確かなような気がする。素材の個性をなるべく殺さないようにする調理がそうさせるのだろうか。


それにしても寒い。
世界にはもっと寒いところもたくさんある。が、「なんで、こんな寒いところに住むんだろ?」と思うほど寒い(笑)。たとえば、砂漠の民なんかも「なんで、こんなところに住むんだろ?」と思うけど、それが彼らの美やストイシズムを育んでいることがわかる。もちろん、千年一日のような砂漠の光景とは違って日本は季節で変化が目まぐるしい。だから、日本人は多忙だ(?)。

そんなヒトビトは気温以上にクールでもある。
黙々と電車に乗り、黙々と歩き、黙々と飯を食い、黙々と働く。
闘争は顕在していない。生活にはったりも虚勢も値踏みも必要ない。きっと、闘争は夜の酒場に、家庭に、ココロの裡に潜在しているのだ。

コトバが変換なしにダイレクトに飛び込んでくるから、このくらいの方がおれのアタマにはやさしい。タイ人のようにぺちゃくちゃしゃべりまくられたらアタマがパンクする(笑)。







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対象としての日本

なにを食ってもうまい。

近所のラーメン屋に行って感動した。500円。150バーツ程度のものだ。
本当に日本の物価は高いのだろうか?
安かろう悪かろうのロクでもないものをつかまされる国に比べたら、食もモノも納得のいく貨幣価値換算がなされているように感じる。

そして、サービス業全般の洗練されていることにも驚く。提供者だけじゃない。だれもが粛々と役割に徹している。まるでテーマパークのようなのだ。

やんちゃな年頃のコンビニバイトまでが、礼儀をわきまえている。と思ったら、パンク・ロッカーの客までお行儀良い。何なんだ、この国は!(笑)。
いったい野心や欲望、そこから派生する闘争はどこに潜んでいるのだろうか?
そんな根源的な心の闇までスイッチのように入れたり切ったりできるのだったらすごいことだ。おれは「自分が特別だ」と錯覚している人たちの話をしているのではない。街を路上を行きかうフツーのヒトビトを観察している。

属性に自閉した擬態が静寂な粛々とした現実を維持している。まるで街や路上全体が管理の行き届いた工場のように思える。
通常なら工場で働いて、ヒトは街に、家庭に帰る。職場が擬態の場であって、日常という現実空間に帰るのは、想定内の行動だ。
しかし、ここではすべてが逆転し日常が擬態の場になっているのか。

おれ自身が、まだ混乱しているのでよくわからない。



Jからは毎日のように電話がかかってくる。
なんでも、格安サービスを経由すれば、携帯電話から日本まで1分7バーツだそうだ。

相変わらず呑気な日常に、彼女なりの事件があり喜怒哀楽がある。
エゴや欲望、野心が顕在化していて、なんとわかりやすい世界(笑)。それに比べると日本は難解だが、日本人も外の世界に染まるとわかりやすくなるから不思議だ。当たり前か?

ヒトによって、地域によって、国によってさまざまな現実がある。これも当たり前だ。それが多様性であり、豊かさなのだとしたら、日本はこれでいいのかも知れない。

今はまだ、よそ者のような顔をしてここにいるおれには、とても興味深い。







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土の色香



新宿まで5キロほどしかないおれの住む界隈だが、最寄り駅からは徒歩20分もありちょっと浮世離れした感がある。「取り残された」というより、地域の人々のある種の反骨心がそうさせたのかも知れない雰囲気も漂う。
最近、アパートのすぐ近所のボロ家が解体され、土を掘ったりひっくり返したりしている。赤茶けた肥沃そうな土がむき出しになり目を引く。コンクリとアスファルトばかりの周囲と比べて鮮やかである。
東京中がアスファルトとコンクリに塗り固められているが、確かに地理の時間に習ったものだ。「関東ローム層」と。かつては武蔵野の雑木林が広がっていたのだ。

痩せた土地を必死で耕すどこぞの国々のお百姓からしたら、なんともったいないことだろう。
そんな赤茶けた土を見ながら、パタヤ内陸をバイクで走ったときの土の色を思い出す。
おれはお百姓ではないが、ある時から知らない土地に行くと土を舐めてみることにしている。パタヤの土は粒子が粗く(砂に近い)、少し潮の香りと味がすることが多かった。アスファルトの封印を解かれたボロ家の土は冷たくて少しかび臭く、そして苦かった(だからって、なんだってモンだが・笑)


アスファルトに封印されたふるさとの土の薫り
萌え出ずる春は、時を越えて、やがてまた、巡る


そう、曲がりなりにも、ここはおれのふるさとなのだ。いまは、よそ者のような顔をしてふるさとにいるのが、われながら可笑しい(笑)。




中東の不安定化、中米の騒乱、チベット騒乱…。
そして、ドルは急落し、アメリカとの心中を避けるかのように政治的駆け引きで決まらない日銀総裁。
なんだか、時代の節目が迫っているような気がするのは、おれだけではないだろう。





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鈍感な自分に感謝する


やたらとマスクをした人が多い。

「いやー、風邪が流行ってんなぁ。インフルエンザか? タイも流行ってたぞ」と呑気にいうと、目をしょぼしょぼさせながら、友人に「なに言ってんの。花粉症だよ」と一蹴された。彼も花粉症だそうだ。
彼によると、こと、東京はひどいそうですね。

マスクにサングラスなんて輩もいる(笑)。笑い事じゃないが、日焼けを嫌うタイ人並みに怪しい出で立ちだ。


今日、いつもの商店街を歩いていると、事務所から出てきたサラリーマン風の男性が伸びをしながら「たくさん、舞ってるなあ…花粉」といった。かれはすかさずメガネをかけマスクをする。
ちょっと、嫉妬した。
なぜなら、彼らは目に見えないナニカを感知しているのだ。おれにはその感受性がない。まあ、花粉の場合、その欠落は幸いなのだろうが、突然なることもあるらしい。過剰に意識するのはやめよう。






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中央線沿線+パタヤ÷2=???


新宿の「ジュンク堂書店」に行って感動した。

すばらしい本屋が出現したもんだ。つい習慣で、紀伊国屋ばかりだったのだが、評判につられて覗いてみたところ、虜になってしまった(笑)。上層階にあってちょっと入りにくいのが唯一、難点かもしれない。
以前は、渋谷の「ブック・ファースト」が好きだったが、渋谷って街がそもそも、あまり好きじゃない。
ただし、ミニ・シアターなら渋谷なのは仕方ない。

とにかく、新宿から下って荻窪あたりまでが、おれのような人間にはもっとも暮らしやすい界隈だと思う。

ジュンク堂新宿店とツタヤ新宿店、そして、この界隈にあるいくつかの古本屋と飯屋、音楽にこだわるバーがパタヤにあったなら…。いや、ありっこないんだけど(笑)。
だからパタヤだし…。

すべてを兼ね備えた場所など、ありはしない。当たり前ですね(笑)。



Jによるとパタヤは暑いらしい。それだけでも、おれには桜を待つよりうらやましい。






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桜の樹の満開の下

うちの近所でも桜が満開になった。
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まったく「天国かよ」ってくらい見事だ(笑)。せっかくの天国にしちゃ、河をドブみたいにいじくりすぎだ…。

やたらソメイヨシノばかり植えすぎだとは思うが、それゆえに視覚的には強烈。
「桜の樹の満開の下」のようにあの根元に死体が埋まっているとしたら、それこそちょっとどぎつい天国かも。まあ、桜にはそんな妄想を駆り立てるナニカがある。
古来、梅を愛してきた日本人だが、梅よりも俗っぽくってえぐい桜は、現代人に似合っているのかもしれない。

話はそれるが、おれは椿が好きだ。あれもえぐい(笑)。散り際もえぐい。ボトッと花が丸ごと落ちるのにもひかれる。椿にはいろいろな種類があって、なかなか奥が深い(?)とも思うのだが、おれが育った家の裏庭には「わびすけ」という椿が植えられていて毎冬、うつむきがちの赤い花をつけていた。母が植えたものだが、おれは自分の部屋からこのわびすけを眺めるのが好きだったものだ。

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ちょっと感傷的な気分で満開の桜を眺める。
いろいろなことを整理しようと思ってここにいるわけだが、ともすると気が滅入ってしまう。あまりにも直接、脳髄に響く日本語が、時に鋭い得物のようにおれをえぐる。そんな言葉を投げつけられるいわれがおれにはあるのだから仕方ない。そんなときに見上げる満開の桜は、根元にこそ死体は埋められていなくても、言葉にえぐられたおれの血が養分になっているはずだと身勝手なこと思うと少しカッコつけたいい気分になってくる。



しかし、いつかJにも桜を見せてやりたいなあなどと、呑気なことも思ったりするのだった。



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月は無慈悲な夜の女王

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プロフィール

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Author:rokumonya
不惑の40歳までもう少し
離婚・棄職、糸の切れた凧のように流離う
成人後の20年を、旅とインド圏に費やすこと10年、転居14回の根無し草
そのくせ、映画オタク

現在、パタヤ在住
「Good guy goes to heaven,
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