家計簿
おれの帰国前からJは家計簿を付け始めた。
家計簿によると9月20日から10月20日までの出費は25,000バーツほど。
25,000バーツには家賃4,000バーツ、おれが日本から送ったモノの税4,000バーツ(高い!)、ネット・光熱水料2,500バーツ、母親への仕送り5,000バーツを含む。
まあ、なかなか身の丈に合っていて良いのではないかと思う。
しかも、その間、母親がパタヤに2週間ほど滞在していることを考えれば、地味に暮らしているというカンジだろう。
Jの家計簿

おれはタイ語を読めないので、パタヤに着いた初日には延々と全ページの支出について説明された…。その粘りがあるなら「英語で書いてくれよ」って思うんですけど、そういったら「タイ語勉強しろよ、タイに住んでんだから」と言われた。
ごもっとも。
ちなみに読みにくいけど、2550年10月1日の欄には、「FUJI 650バーツ」という記載がある。
母ちゃんに刺身を食わせたそうだ。もちろん、生まれてはじめての日本食、はじめて刺身を食ったらしい。
元お水のJだから多少、金遣いが荒いだろうことを勘案しても、タイ人だって、このくらいの金は使ってしまう。いったい月給5,000バーツとかの連中はどうやって暮らしているんだろう?
生意気にもJは、「あんたが戻ってきたら出費が増えたわ」とか言う。いやいや、おれの金じゃん(笑)。
まあ、Jとおれでこの1.5倍くらいだろうか。
おれにはこの程度が限界。別に節約競争に参加しているわけではないしね。
インドならこの半分でいける自信あるんだけどって比較にならんか…。
幸か不幸か(?)Jがいるから夜、遊びまわることもせず(できず)に暮らしてるけど、夜遊びしたらホント、おれの場合、一年未満有り金使い果たすだろうな。
でも、夜遊びもせず、何でパタヤなんかにいるんだって気にもなる。
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ブア
正しいのかどうか、「うんざり」とか「飽き飽き」みたいなカンジをいうのに「ブア」とタイ語では言うらしい。
たとえば、鼻から息が抜けるカンジで「ハァ?」という。何度も繰り返す。学ランの中坊がウンコ座りで言うようなイントネーション。答える気もなくなる。
たとえば、ソムタム食ってる肉厚の唇からカニの足がはみ出ている。バリバリ足が唇に吸い込まれていく。いやいや…。
たとえば、お水ともだちとおれをサカナに(おれがタイ語をわからないことをいいことに)、下世話なシモネタで盛り上がっている。おれをサカナにしているということと、シモネタだということだけはなぜかわかる。チープすぎる。
たとえば、すっかり性の快感に目覚めてしまって、色気とか恥じらいに欠けてくる。そんな迫り方じゃ立つモノも立たないぜ。
たとえば、お釈迦様はタイ人だと信じて疑わない。インド人だといったら激怒した。これは彼女の「地球感覚」の欠如の象徴的な例。はいはい。
たとえば、つねに金のことを気にするくせに、ヒトに見せびらかすようなものは意地でも欲しい。なんで、まず車やソファなんだ?
全部、Jのことです。
うーん、タイとタイ女性に関する先達の諸兄にとっては、「何をいまさら」ってカンジなんだろうけど…。わかっちゃいるんだが、それでも時につくづくうんざりさせられる。
「タイの暮らしやすさ、安さ」を表現するとき、タイ人の多くはリーズナブルとかバジェットとかいうような表現は使わない。ダイレクトに「チープ」というヒトが多い。
そう、チープなんです。ナニゴトも。
少なくともJを表現するのに、チープって言葉はよく合っている。
まあ、てなわけで「ブア」。
どういうわけか気分が優れないのもあって、今日は「ブア」感がひときわ強いのでした。
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パタヤにおける「洗練」とは?(その1)
ときどき、Jって田舎者だなと思う。
今日、美容学校に迎えに行き、飯を食っているとJの電話が鳴った。妙な顔をしながらも、「カーッ、カーッ」と答えている。
電話を置き、Jのいうところ「あなたはとてもラッキーで、当フィットネス・クラブのVIPとして日曜日に無料コースのご招待をしたい」ということらしい。
しかも、「これは本当になかなか当たらないもの」なのだそうだと。
「なんで、あたしの名前と電話番号知ってるんだろう?」と。
そんな電話に対応し、日曜日に行くとまで約束している(笑)。
それはただの勧誘の電話で、無料招待はいいが入会をお断りするのに四苦八苦するぞ。
電話のネエチャンは一日何百人も電話してんだし、当日、応対する慇懃な係員もそのネエチャンも単にコミッションを狙ってんだ。
電話番号と名前なんて、おまえ、そこここで書いてるだろう。銀行、カルフール、BIG-C、インディックス……。日本じゃ顧客名簿が売れんだよ。
というようなことをいうと、「こんな電話はじめてかかってきた」と。
「うーん、最近高いもの買ったからな」とおれ。
Jは「だから?」というカンジである。
実はインディックスでついソファを衝動買いしてしまったのです。
ここでJの俗っぽさをなじりつつ、実は自分が俗っぽいのだった。

14,900バーツなり。
だって、Jのソファってあまりにも安っぽく、暑苦しいんだもの…。

こちら、10ヶ月前に買ったそうだが、2,000バーツ。
フィットネス・クラブはインテリアのインディックスと同系列なのかぁ?
Jはあわてて日曜日の約束の断りの電話を入れる。
「そんなのすっぽかせばいいんだよ」。
彼女にとって、いや、彼女のようなたくさんのフツーのヒトには、人間関係における姿勢にあまり裏表はない。
よく、タイの風俗嬢の営業を揶揄したり、コロッといったりといった記述をネット上で見かけますが、まあ、あまり構えすぎない方がいいのではないかと思う。
Jなんて、カラオケで小金持ちタイ人を手玉に取っていたといって(大した事ないが)、この程度だし、基本的にはじめて会ったときから人格はまったく変わらない。
彼女に比べたら、おれなんてうそで塗り固めて出来たような人間だなと思わされます。
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料理がまずい!
Jは料理が下手である。下手であるというより、ほとんどしたことがないようだ。
まあ、無理もない。14のときに家を出て、それ以降、ほとんど住み込みとか、下働き状態の婚約者とかが続き、生活が安定しだしたのはカラオケに勤めるようになってからだ。
夜のオネーサンが料理などするはずもない。
巷では安くてうまい屋台がいくらでもある国で、一人暮らしや二人暮しでは、中途半端に食材を買うほうが高くつく。そりゃ、毎日毎日、規則正しく料理すればいいんでしょうけど、Jにそれは出来ない。
なにしろ、洗濯だってなかなか出来ないのだ。そのくせ、ジーンズとか一日はいて洗うんですよ。ジーンズそんなに洗ってどうすんだって思うが、おれは「スカポック」だそうだ。
そう、だから、膨大な洗濯物が貯まる。
われわれは、普段、せいぜい飯を炊いてお惣菜を買う程度。基本は外食である。
しかし、どういう風の吹き回しか、ときどき料理をする。これがまずい。
昨日も料理を始めた。
なんだか不思議な味のスープ。ショウガ入れすぎ。魚ベースなのに、豚のマークの調味料をふんだんに使っている。
それと、やたらしょっぱい豚肉の炒め物。豚肉と野菜炒めるのに、調味料は要りませんよね。
もちろん、「アロイ」とか言って食うのだが、実際、ナンプラで飯を食ったようなものだ。
そう、ナンプラを作るのはうまい。ナンプラにチリとたまねぎを刻んでレモン絞るだけだけど。
んなわけで、どうしても作ったものが残るので、今朝も食わされた。
昼まで続いては、毎食同じ献立でもまったく問題ないおれも、さすがにかなわないので、がんばって平らげる。
晴れて、いまから外食です(笑)。
J、料理の基本をまるでわかっていない。わかっていないからどう味付けしていいのかさっぱりわからず、闇雲に化学調味料を入れる。タイにいたらお惣菜でも屋台でもレストランでも化学調味料を口にさせられないわけにはいかない(日本でも同じか?)が、Jのはひどいのだ。
Jの名誉のために付け加えると、ソムタムだけはまし。無難に作る。
「好きこそ、ものの上手なれ」である。
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ピジン・イングリッシュの新しいカタチ(?)
「I ja pai buy wet table」とJがいう。
タイ語と英語が入り混じっているが、おれたちの会話では当たり前。
「Ja」は未来形で「Will」のようなモノ。「Pai」は「Go」だ。「Wet Table」が最初、なんだかわからなかった。「Vegetable」である(笑)。
そもそもおれの英語もめちゃくちゃである。旅とインド暮らしで最低限不可欠なコミュニケーション能力を身につけたに過ぎない。それがJとの暮らしでますますわけのわからないものになっていく。
「Time you go drive motorcycle, I care for you until come back na」
お解りになるでしょうか?
「あんたがバイクで出かけてる時は、帰ってくるまで心配してるのよ」てなカンジである(笑)。
「Time」は「When」を代用している。
また、Jに時制は通用しない。タイ語と同じく、昨日とか明日とか朝とか夜とかをつけることによって時制を判断する。特に現在形と過去形でカタチが変わる動詞の場合、過去形を使うとまったく通じない。「Go」はいいが「Went」はダメなのだ。
完了形などは問題外である。
そして、所有格もほとんど使わない方がいい。
「Your Money」ではなく「Money You」の方が通じる。
さらに、どんどんタイ語の単語も混じってくるのだから、ほとんどおれたちだけが理解できる新しい言語を生み出しているようなものである。
それもまた、楽しいことではある。
きっとピジンなんてのはこうして生み出されていったのだろうなんて想像してほくそえむ。
そう、コトバなんて永久不変のものではない。常に移ろい変化していってこそ「生きた言語」だ。コンセプトがいかに素晴らしくとも、エスペラントが決して世界語として普及も定着もしない理由はここにある。コトバは記号ではない。
言語はすべからくピジン化していくと考えた方が自然である。
日本語だって当然、変わってきたし、どんどん変わっていく。あまたの外国人が暮らす地区なんかでは、ピジン・ジャパニーズが生まれたっておかしくない。それも楽しいことだ。
ところで、おれの母語は日本語である。母語は母語であるだけに、かなり複雑な思考過程まで表現しうるチカラを持っている。逆に言えば、母語で考えることによって、おれは思考をより掘り下げていくことができる。中途半端なものも含めて習得したいくつかの他言語では、母語を駆使して思考している過程と結果を再現することなどとても出来ない。微妙なニュアンスや機微はまず伝えられない。
よって、表現はシンプルになる。難しいことは伝えようとしないわけだ。だから、理解されやすい。日本語だったらいろいろひねり出そうとする気の利いた文句など使えるわけもない。
すると、母語以外の言語で生活していると、おれはどんどんシンプルになれるのではないかと思った。
だんだん気持ちもそれを受け入れるようになる。「単純なヤツだ」と思われることすら気にならなくなる。Jとの関係もそうして成り立っている。
日本での躓き(?)は、複雑さにあるのかも知れないということにまで思いが及ぶ(笑)。
複雑であるがゆえに、自ら深みにはまり、さらに複雑さに足を取られて、思考も表現も完遂することができない。中途半端なそれは当然、伝達の確実性を失っていく。
さらに、その徒労感が自らを内向きにしていく。悪循環だ。
母語以外を使わざる得ない環境で生きていけば、おれはシンプルに単純明快に生きていけるのではないか…。
なあんて、そんなに簡単に片付くわけもないことはこれまでに自ら実証済みなのであるが、時々、つい、そんなことを夢見たりするわけでした。
こんなこと、グダグダ書いてる時点で自らその可能性をつぶしているようなものかな(笑)。
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ルーティン化を拒むチカラ
哀しい性か、日常生活のあらゆる局面で、ともするとおれはルーティンを確立することに血道を上げている。そんなつもりはないはずなのに、ふと気づけば、朝起きてから夜寝るまでの生活に関わるすべての作業はおろか、遊びや余暇、それこそセックスにいたるまで(笑)おれの裡なるルーティン化への圧力は留まることがない。
なぜだろう。教育や躾という「洗脳」の賜物なのだろうか?
Jの生活を「エントロピーが拡大しまくっている」とか「怠惰」だとかいって、一蹴することは簡単なのだが、一方のおれはある種の精神病(?)というか脅迫概念に囚われたかわいそうな「Victim」なのかも知れない(笑)。
おれなんて、かなり壊れている方なのにそんなことを思うのだ。
彼女は決して「ルーティン」を確立しようなんてことはしない。返って、おれがやっとくみ上げた些細なそれを常に破壊してくる。時にその思いつきや突飛な放言にうんざりさせられるものだが、ふと、こうして考えてみると「怠惰」なのはおれの方なのだ。
ちいさなルーティンという「怠け者の囲い地」…、もっというなら、自分ですべてコントロール可能な小さな自己完結した「おれさまワールド」で、でえらそうにふんぞり返っているだけ。
Jは混沌が渦巻く日常に躊躇もしなければ臆することもない。時にはさらに混乱に拍車をかけるような行動や発言をする。
しかし、それが実現しなくても「マイペンライ」。
それは、ある種の「チカラ」なんだなあと思わされた今日でした。
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タイおんなに
おんなのココロとカラダはいつも一体で
余すところなく無防備なほどに満開なのだ
バネばかりが威勢の良い合板ベッドの上、古いアニメのシーツが隆起する
パステルカラーに包まれた褐色の雌鹿
おれの前には彼女のすべてがある
怖気づくココロを圧倒して
容赦なく彼女を押し開こうとおれのカラダは前進する
氷で希釈された麦酒が誘うあきらめとは、未分化の潤んだ抱擁である
おんなの時間は原始的なので
彼女の瞬間はいつも永遠へと連なっている
いつ終わるとも知れない化粧への集中力、変身を不変のものにする
ゴシップ記事のモデルを気取るポーズ
鏡の中に彼女のすべてはある
細分化された時間の陰から
その姿態を壊さぬようにおれは彼女の背中を抱き寄せる
鏡の中をけっして覗き込まないように、注意深くその黒髪に顔をうずめて…
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美容師という安直でキビシイ(?)選択
最近、美容学校へ行くJの送り迎えをサボっている。
スクムビット通りで行っていた頃は、小さなバイクだと確かに怖いし、心配だった。しかし、線路沿いの新しい道が完成したのでアクセスもよくなり、この道ならJでも呑気に走れるようになった。まあ、送り迎えだとガソリン代もバカにならない(ケチ)とかナントカ言って、自分で行かせている。
学校といっても、どうやらろくなカリキュラムもなく、普通科の学生や近所のヒトが洗髪やブローにやってくるのを待って、彼女たちを練習台にする実習ばかりらしい。さすがに髪を切りに来る勇気ある(?)客はほとんどいないようなので、カットの練習にはならない。
第一期の3ヶ月は出張実習に出ていたので、「髪の毛なんて生えてりゃいい」程度のおばあさんやこどもがカットにも来ていたようだが、年頃の女子高生ではそうもいかないだろう。
そんなんで、Jは少々やきもきしている。
かつての教え子が店を持ったというので、教師が「実習生として働いてみないか」とJを誘ってくれた。Jが扱った分に関しては40%の取り分もくれるという。3ヶ月公立職業訓練校で学んだだけのまったくのドシロウトにとっては悪くない条件だ。金をもらってサービスを提供する方が緊張感もあるし、度胸試しにもなる。
勇んでアルバイトに出かけたJだが、結局続かなかった(笑)。
この店、まるで客が来ないのだそうだ…。まだ、学校の方がましだと。
学校の近くでうちからは遠いし、「近場で捜したら」ということになった。ソイ・ヌンには星の数ほど(?)美容院がある。どこか雇ってくれるところもあるだろう。
しかし、タイでは謙遜やヘリくだりなど通用しない。「まだ3ヶ月コースを終えたばかりの青二才ですが…」なんて現れる頼りないヤツを雇ってくれる慈善事業みたいな店はない。「給料は安くてもいいですから」ってのダメだろう。もともと、美容師の給料はバカみたいに安い。
「ひとつ見習いでよろしく」ってのも、あまり受けないらしい。クラフトマン・シップや徒弟制みたいな感覚はないのだ。そんなヤツは「技術泥棒」らしい(笑)。
こうなると自分で店を開けるしかない。
「あたし、シャンプーとブロー、スタイリングしかできないのよ。あとメイクとつめの手入れ」。
「できるヤツを雇えばいいだろう」
なんて冗談を言っている。
まあ、開業するのはホント、バカみたいに簡単なんだよね。ほとんど露店のたこ焼き屋と変らない。たこ焼き屋より少々金がかかるだけだ。
実際、ソイ・ヌンでも、美容院が居抜きで売りに出ていてる。といっても賃貸なので、「店舗にある一式すべて売ります」っていうことで、家賃は別。ただ、明日からでも店を始められる。5万とか6万バーツ程度のハナシ。家賃は5,000バーツ。
しかし、その点、Jもバカじゃない。「最初はスタッフとして働いて経験積まないと」と。
「いきなり開業して、へたくそだったら客もつかないわ」。
ごもっとも。
どなたか、Jを見習いとして研鑽してくれるような奇特な美容室、ご存じないですかね…。
近所のとある美容室

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祝! 就職
Jが新しい仕事をゲットした。
美容学校の教師から紹介されたあまりにも閑古鳥が鳴いている美容院を辞したあと、どこか「見習い」的に働かせてくれるところを捜していたのだ。
そして、従業員募集の張り紙があった美容院のうちで、新米のJを快く迎えてくれる奇特な(?)店があったので、条件云々よりも、まずは仕事をすることを優先。
場所は、またしても(?)Soi・Yume(笑)。どうもこのソイに縁があるらしい。

ハートマークのお店がそれです。

パタヤ・カン(セントラル・パタヤ・ロード)からソイ・ユメに入って、わりとすぐで、右手に出てくる。

パタヤ・カンから撮ったカルフール

カルフールとセブン・イレブンに挟まれたソイ・ユメの交差点
先日、実技テストを受けにいったJ。店はなかなか繁盛してほとんどいきなり女性オーナーのアシスタントとして働いてきたらしい。外見からじゃわからないものですね。
店は年中無休で朝8時から夜11時まで(長い!)。ただし、Jは9時から9時までで、週1日休みをくれるらしい。スタッフはJを含めて3人でオーナーの女性を合わせて4人体制。
最初の1ヶ月、働きぶりを見て給料の額を決めるらしい。チップはもらっていいのだそうだ。
まあ、タイ人の労働とその条件はおれにはよくわからないけれど、たった3ヶ月、職業訓練校で学んだだけのほとんどシロウトなわけだし、とにかくやってみればいいだろう。
半年一年、我慢して働き続けることができたら立派なもんだ。それなりに学ぶことも多いだろう。
これで、おれも少し解放される(笑)。
どうぞ、機会があったら立ち寄ってやってくださると光栄です。
洗髪や染髪、つめの角質取りとか、メイクならJにもできます。このブログを読んでくださる方は、たいてい男性でしょうから「そんなのだれがやるんだ?」と突っ込まれそうですが(笑)。
ちょっとやんちゃに髪を染めてみるなんてどうでしょう? おれもJの実験台にさせられて、茶髪です。つめの角質もまめに取られてます(笑)。
もちろん、オーナーは技術者ですからカットやパーマなんかもダイジョーブでしょう(あくまで「タイなり」でしょうけど…)。
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窓
あなたはおれの窓であった
褐色のすりガラスであった
あなたを通しておれは世界を見ていた
女たちの身すぎ
浅知恵がのぞくかん高いおしゃべり
ブラックライトに映えるアイシャドー
ふくよかな臀
男たちの世すぎ
安酒臭い怠惰なエゴイスト
埃っぽい125CCの銀蠅
彫りかけの入れ墨
知らない世界がそこにあった
知れば飽いるファンタジー
格子の入った窓枠があなたを捕らえて離さない
窓の外を指さしてうれしそうに笑うあなた
おれたちには窓ひとつのこの場所しかない
おれはもう笑い続けることができそうにないのに…
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窓2
おれはJを通してタイを見ている。
言葉もできず、どちらかというと自堕落な流離の涯てにここに流れ着いたおれには、それがもっとも安易で現実的な手段だったからだ。
人間関係、衣食住から遊び、思惟に至るまで、おれは基本的にJという人間の経験界で暮らしてきた。
もちろん、おれがここにいることで多少はJもおれを通して何かを見たり、彼女の経験界そのものが変化したということはあるだろう。しかし、そもそもオンナは保守的だし、閉鎖的階級社会に生きる人間は総じてよりいっそう、保守的なのだ。
「新しい世界に羽ばたく」なんて映画のラストシーンのような覚醒や転換はフツーあり得ない。
ただ、振り返ってみると、この「まる投げ」は人間関係、こと女性関係におけるおれの常套手段であった。そんなおれは、一面、「ヒモ」に向いているのかもしれぬ(笑)。いや、もちろん、向いていないことはよくわかっていて、ただ単に怠惰なだけなのだ(怠惰な人間にヒモは務まらぬ)。しかし、過去の同棲でも結婚でも生活におけるすべてをまる投げしても、おれには固有の別な世界があった。その固有な世界を守っていられる限り、おれのココロは健康であったのだ。
そして、いつも、その固有な世界の維持が困難な情況に直面し、おれは関係を放棄せざる得なくなってきた。
しかし、Jと暮らして数ヶ月。これまで、いわば、すべてをまる投げにしてきた。こんなことは初めてだった。
それだけ、未知のこの世界が興味深かったし、おれは過去の自分から逃避を試みていた。もちろん、どこかそれが時限的なものだという予感は抱きつつ…。
特にJのような女性にとって、世界とは単一なものだ。仮におれに強固な揺るぎない一貫した固有の世界があるのなら、彼女をそこに引きずり込むこともひとつの選択ではあるだろう。彼女がそれに耐え切れるかどうかは別にして。
たとえば、「
意外な出会い」のフランス人や、「
Another Pattaya Story」のKは、そうした。そして、やっぱりタイ女は耐え切れなかった。
西洋人にはこの手合いが多い。「Believe」の宗教のヤツらにとっては当たり前のことなのだろうか。女もその血引きなら折り合いもいいだろうがね。
逃げ出したタイ女である彼女たちの口から出た奇しくも同じ台詞…「あたしはMaidじゃないのよ」。そう、Jも含め彼女たちの住まうところ…そこは実体のないプライドが微温的なやるせなさとぬくもりに支えられる、「人間」にとって窮極の安住の地なのだ。
Jという窓が与えてくれた見聞は、おれを豊かにしてくれた。そう、「こういう世界もあるのだ」と。「こういう生き方もあるのだ」と。おれの固有の世界はそもそも、あいまいで不確かなとらえどころのないものだ。揺るぎなさも一貫性もない寄せ集めの世界。さまざまな窓からのぞいた見聞がおれの世界をさらに豊かに(あいまいで不確かなとらえどころのないもの)にしてくれる。
ひとたび、その「豊かさ」に魅せられてしまったら、どんなに素晴らしい光景が目の前に広がっていようとも、ひとつの窓の前にとどまり続けることなど、どんなに強固な意思を持ってしてもできないだろう。
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節約生活
自分で書いたらバターパンに板チョコを挟んで食いたくなった。バターを買いに行くとぜんぜん売ってない。こういうことになってたんですねえ。知らなかった。
http://www.j-cast.com/2008/03/25018225.html記事を読んでみて、菓子店経営者の以下の台詞にびっくり。
「バターが手に入らない。無策な政府に怒りを覚える」。
失礼ながら、そんな台詞しか吐けないヒトはいい機会だから店をたたんだ方がいいかも知れない。
「職がない。無策な政府に怒りを覚える」
「飯がない。無策な政府に怒りを覚える」
「金がない。無策な政府に怒りを覚える」
「夢がない。無策な政府に怒りを覚える
「愛がない。無策な政府に怒りを覚える」
この人の論理なら、なんだって通用するだろう。
いや、もしかしてメディアがそう誘導しているだけなのかも知れない。実際、こんな短絡的な台詞を身近で聴いたことないし(笑)。
それなら精一杯、寛容になって、土井健郎の「甘えの構造」を読むことを勧めたいところだ。
ところで、最近、Jは一生懸命、節約して生活しているらしい。
電話で自慢げに「今日はまだ60バーツしか使ってない」とかいう。「ドリアン食べてるとそれだけで満腹で食費が抑えられる」らしい(笑)。
褒めると、返す刀で「あんた、いくら使ったの?」とかいわれると、ちょっと答えに窮する。なにしろ、日本の物価は高い。飯食ってコーヒー飲んでたばこ買ったら、軽く300バーツを超える。
それにしても、世の中、収入なく年金やら貯金やらで生活しているヒトもたくさんいるだろうが、拭いきれない精神的な窮屈さがあるだろうと察する。この1年、おれもただカネを使うだけの暮らしをしてきたが、有限の資源(貯金)が枯渇していく様を眺めつつ日々を送るのは、言い難い不安もつきまとうモノだ。
しかし、石油とか天然資源だって同じなんだろうが、そこに実感が伴わないのはしかたないハナシだ(笑)。
おれはまだ40だから、まったく働き口もなくその可能性もないということにはならないだろうが、これが60,70という年齢で、もう、働こうにも働けないとなったら、どうだろう。いまや、下手に健康だとおれみたいな人間だって80くらいまで楽に生きかねない。
もちろん、死ぬまで遊蕩しても全然ヘーキというならいいがね。
一方で、明治大正の貧乏文士たちだが、カネを懐にするとそれがつきるまで遊蕩三昧である。カネがつきてから金策をはじめる。しかも一発勝負的な山師的方法ばかり模索する。そして、当然のことながら失敗する。家賃は滞納、借金まみれで女房こどもには逃げられる。
そして、その顛末を赤裸々に書いた作品を原稿用紙一枚いくらで売って、どうにか一息つく。
いやー、ホント、心底見倣いたいモノだが…。
今の世の中、家賃なんか滞納したらすぐに追い出されるだろうし、そんなヤツには誰も金なんか貸してくれるとも思えない(笑)。
呑気なJは、「また、たこ焼き屋やって暮らそうよ」という。
彼女もそれなりに楽しかったようだ。もちろん、おれも楽しかった。でも、あくまで時限的な楽しみだ。コン・タラートにはなりきれなる自信はない。まして、1万バーツ2万バーツで、死ぬまでたこ焼き焼きながらビア・レオ飲んでは暮らせない。
そう思うと、別に社会ではなくおれが病んでるワケで、しかもきっとおれだけじゃない。おれたちが病んでるから社会も病んでるのだ。
まあ、「鶏が先か…」みたいなハナシなんだろう。
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テーマ:タイ・パタヤ - ジャンル:海外情報
スコータイ
今週初め、Jはスコータイに帰省した。
実家にはばあちゃんがひとりで暮らしているのだが、男と別れた叔母が息子2人と娘(ちなみに別れた男はこどもたちの父親ではない)を連れて戻ってきていて、廃屋同然のあばら屋はずいぶん賑やからしい。
ここは母方の実家である。
以前にも記したがJの父親は彼女が若い頃に亡くなっている。その後、Jはここで祖母の手で育てられた。耕作地もなく、母は各所で土方仕事をしたり農業労働をしたり行商をしたりして、Jと祖母の暮らしを支えた。
母には5人ほど兄弟姉妹がいるようだが、やはりみな貧しい。
そのうち、母は新しい男とくっついてJには13も年の離れた種違いの妹ができた。その妹は早くも高校の同級生と婚約し、母、妹、その婚約者は実家から少し離れた街に部屋を借り、一緒に市場で露店をやっている。
この一家の父親もまったく裕福ではなく、母と一緒に行商をしたり、大工仕事をしたり漁をしたり季節によって仕事がころころ変わる。定職がないのだ。そのくせ、新しいオンナがいるとかいないとか(笑)…。最近じゃ、Jは彼をずいぶん嫌っていて、そんな男にくっついて祖母やJのことを顧みない母のことも悪く言う。
Jは中学を卒業するとバンコクに働きに出たり、ピッサヌロークの親戚に預けられて働きながら高校に通ったり、ガーメンスを営む家の息子に見初められ半ば使用人のような扱いを受けながらその家族と同居したりして10代を過ごした。
まともな家庭生活を送ったことがないから、彼女は余計に家族への思いが強い。家族団らんみたいなものに対する憧憬にも似た感情なのだろう。でも、母の新しい家族は自分のものではないという疎外感も強い。幼い頃、一緒に過ごした祖母が今も変わらぬ彼女の愛の対象なわけだが、それが報いられているかというそうでもない。
祖母にはこどもも多く孫となったらメタクソ多い。Jにとっては唯一の祖母だが、祖母からすれば、Jは「One of Them」なのかも知れない。ましてスコータイから出たこともなく齢80にもならんとする祖母がJの思いに打てば響くように応えてくれているようにも思えないし、共有する具体的なナニかがふたりの間に存在するようにも見えないのは無理もないことだ。
そんな一族郎党の中でJは唯一の街のヒトになり、洗練された「きれいなオネーサン」になった(あくまで家族と比較してのハナシだけど)。彼らがJをどう見ているか以前に、Jは血縁の前ではそう振る舞う。それはJのプライドであり矜恃でもある。
Jは偉そうな顔をして「I am manager in my family na」などという。確かに超のつく田舎者揃いの血族だが、おれから見ると、Jがブレインではまことにどうにも浮かばれない(笑)。
ところで、今にも朽ち果てんとしている実家は一生苦労してきた愛する祖母が余生を送る場である。また、今は叔母も家族を連れて戻って来ている。母だっていつ、妹の父と別れて戻ってくるかもわからないし、他にも食うために外に働きに出ているが、戻ったり出たりするメンバーがいる。もちろん、J自身にとっても、かけがえのないふるさとである。
現実的な生活レベルでは女系制ともいえるタイ社会で一族の大黒柱である(?)Jは、自分が音頭をとってなんとか、家を修繕、または建て替えたいと以前から思っていた。
じつのところ、今回、Jはそのために帰省した。
イサーン出身の友人が、一族みなで金を出し合い、自分たちで少しずつ作業して3年がかりで家を建て直したハナシに触発されたのだ。「メンバーはたくさんいるし、叔父や叔母は土方や大工仕事を知ってる。自分たちだってできる」と思ったらしい。「早くしないとばあちゃんが死んじゃう」と。
帰省する前に相談(無心)されて、実際にハナシがまとまったら、おれも助力することを約束させられた。
しかし、結果は惨敗(笑)。勇んで出かけ家族会議を招集したものの、誰も手を貸したがらず、金を出すなどもってのほか。「貧乏暇なし」なのだ。挙げ句の果てには疑心暗鬼の詰り合いがはじまり、叔父・叔母・Jの母の間で大げんかになったとのこと。
「気にしないでいいから帰りなさい」。祖母にそう言われて、Jは失望したまま、ついさっき、バンコク行きの夜行バスに乗った。
逐一報告されて、まったく、今月も電話代が高そうだ…。
ところで、帰省するたびにJは祖母のために米を一俵(ちょっと何キロか忘れましたが)買うのだが、前回おれと行ったときに760バーツだったものが1,500バーツに高騰しているとのこと。「銘柄を間違えたんじゃないのか?」と言ったが、「ばあちゃんの食う米の銘柄は間違えない」とのこと。
なんかあったんですかね。サイクロンの影響?
「おいおい、タイ、大丈夫か?」と思ってしまった。
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お水妄想
街で降る霧雨はきらいだ。
霧とも雨ともつかず、降っているのか舞っているのかわからないような霧雨に包まれて樹林帯なんかを歩くなら、木の葉のぬれたカンジやぬらぬらと光る苔むした岩は豊穣さの象徴のようで心地よい。しかし、都会ではそれがただ、うっとおしいだけのものに感じられるのはなぜだろう。なにもかもおっくうになる。
南国のスコールは街でも田園でも、浜辺でも森でもどこか楽しげなのは、あの勢いと潔さがそう感じさせるのだろうか。一服の涼というカンジもあるのがいい。せめて、雨はあのように降って欲しい。
雨合羽もないので、今日はやむなく電車に乗った。しかし、だめだった。おれは通勤電車に乗ってはいけないヒトのようだ。あれはおれをあまりに憂鬱にさせる。
それにしても、おれが働き出した途端、こんな天気なのはなんの因果だ(笑)。
さて、本題。
Jは友人がどんどん疎遠になっていくと嘆く。確かにおれが彼女の周りをうろちょろし始めてから、日ごと、彼女の友人がうちを訪ねてくる頻度が鈍り、以前ほど彼女の電話は鳴らなくなってきた。
いったい、どういうことなのだろう?
パタヤで形成されるタイ人(特に女性)の人間関係は、当然、仕事のつながりによって生まれる。ほぼ、みんなよそ者でいろいろな意味で地域差が大きいから、共通項は仕事しかない。お水から足を洗うということは、お水たちが形成するサークルからも足を洗うということを意味するのかも知れない。
Jが説明するところによれば、オトコができるということは、オトコに「have」されるということだと。オトコがいて自分で稼いでいない友人には「借金依頼」はできない。だからみんな疎遠になっていくとのこと。なんてわかりやすいんだ(笑)。
友人ってそれだけか?
ただ、理由はともかく、実際、最近でもJと曲がりなりにも付き合いがあるのは、韓国に嫁いだ妹のところにボーイフレンドと一緒に出稼ぎに行ったYと、ドイツで出稼ぎ中のタイ人のダンナがいるNくらいなのだ。ふたりとも「足を洗った組」ということになる。
ここからは、おれの勝手な夢想。
公共のセーフティ・ネットなど通常、存在しない第3世界では、血縁こそ最大のセーフティ・ネットである。しかし、お水をしにパタヤまでやってくるようなオンナたちの血縁は当てにならないからこそ、彼女たちはパタヤに来る。
きっと、お水コミュニティというのは、ぎりぎりの擬似セーフティ・ネットでもあるのだ。「ぎりぎりの」という意味は、「なにがあってもお互いを見捨てない」ような強固な関係ではないから。そして、足を洗った者は否応なく切り捨てられる。きっと、そんな者とまで擬似的関係を維持し続けるほど、お水たちに余裕はない。
ただ、そんな対応は非情だけど、限りなく優しくてストイックでもある。抜けた者への「もう戻るな」という強いメッセージでもあるような気がする。
だから、お水に戻ればまた、揶揄されたり、「やっぱり」とか「それ見たことか」という扱いを受けても、歓迎される。
なあんて、キレイごとのような解釈ですが、はたしてどうなんでしょうか?
という、おれの勝手な夢想から連想するに、Jはいろいろな意味で過渡期にあるのだ。
「マイ・ミー・フレンド」と嘆き、「マイ・サヌック」とぼやく彼女にとって「コン・タマダー」(Jの言い方)の壁は厚いだろう。その難しさは説明が難しい。が、いうなれば、彼女たちは得てして「こどものよう」なのだ。こどものようにずる賢く、こどものように世間知らずである。
そう考えると、おれもいま、「はい、さよなら」ってわけにはいかないような、妙な義務感というか責任感を感じさせられてしまって、少々、気が重い。「なんか、面倒なもの背負いこんでしまったなぁ…」というか(笑)。
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誇り高き「おバカちゃん」
中東系のボーイフレンドがいる美容院のオーナーはデブだ。中東系の連中は肉感的なオンナが好きだが、オーナー女史はちょっとその範疇を超えている。オーナー女史が店に現れるときはたいてい機嫌が悪い。きっと、いいセックスをしていないのだろう。
もちろん、ボーイフレンドも当然のごとくデブだし、お互いあれじゃ仕方ない。
数日前、彼女が店の前に車を乗り付けて、スタッフを呼んだ。トランクの荷物を運ばせるためだ。小さな美容院にはスタッフが5人もいる。全員、車に駆けつける。
Jは駆けつけなかった。荷物は大した量ではなかったからだ。
しかし、店に入ってきたオーナーに頭ごなしに怒鳴られた。
「スタッフはあたしが呼んだらすぐ来なさい。あたしはオーナーなのよ!」ってな具合だ。
Jはこの店のスタッフになったつもりはない。あくまで身重のAの手伝いをしているのだ。ついでに仕事を教えてもらう。給料ではなく歩合をもらっている。出勤時間も曜日も自由だ。
さすがに反抗はしなかったようだが、すっかり店に行く気が失せた。
翌日、JはAに「あんたのボーイフレンドが店を買い取って、あんたがオーナーになったらまた働く」といって手伝いを辞し、新しい店探しをはじめた。
そして、明日からパタヤ・カン(セントラル・パタヤ)のとある店で働くことになった。その店はカットが250バーツと高い。ソイ・ヌンとは大違いである。
「少し高級な店で働きたかったの」とJは少し得意そうだ。
従業員募集の張り紙を見て飛び込みで尋ねると、「どこの学校行ったの?」「なにができるの?」といろいろ訊かれた。公立の職業訓練校で3ヶ月のコースを終えただけであること、カットはできないことを伝えると「じゃ、電話するわ」といわれた。
「このままじゃヤバイ」と思ったJは、「やってみせるから、ダメならダメと言って」といってその場で実技試験をしてもらい、なにを気に入られたのか採用ということになったという。
「おまえ、少しくらいイヤなことがあっても我慢しろよ!」。
そんな台詞が脳裏をよぎる。おれもあまり我慢できない方だが、彼女たちはおれ以上だ。
もちろん、住んでいる世界によっては、そんな台詞があまり意味をなさないこともある。通用しないというよりは、我慢したって報いがない。得るものがない。
「世界」というのは、タイという意味ではない。タイだってインドだってそんな台詞に意味があるところだってあるだろう。
どうせ、新しい店にも新しいトラップが待ち受けているに違いない。
だが、今日のところはあっさりとそんな台詞の裏をかいてくるJを素直に褒めておくことにした。
まあ、ちょっと痛快ではある(笑)。
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Almost die
どうやら、Jがけっこうひどい風邪を引いたらしい。
「Almost die」とかなんとか、大げさなことを言っているが、ホントにひどいらしく、実家から母親がパタヤに向かっているという。
「Almost die」はJ得意の台詞で、これまでなんど聴かされたかわからない。風邪を引いても「Almost die」。けんかしてふさぎ込んでも「Almost die」。忙しくて疲れ果てても「Almost die」である。コン・トロンパイ(直球勝負の人)であるタイ人は、「大げさな人」でもあるのだ。
これ見よがしに受話器に向かって耳にキンキン来る咳をしながら元気のない声を出す。その姿を想像すると、不謹慎ながら可笑しくて笑いそうになる。
しかし、こういうときは「あんたは薄情だ」とか「いつも怒るばっかりで優しくない」だとか、死にそうなわりにねちっこく絡んでハナシが飛躍しはじめるので用心が必要なのだ。
「ナーソンサーン・ナァ」とか言いながら、なんとか、つとめを果たした。
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王様への期待
「キング・プミポンがかわいそう…」。
「Friend of Takshin ニサイ・メディ」と、Jも新首相のサマックは気に入らないようだ。だいたい、Jは貧乏出だが、イサーンではないせいか、タクシン嫌いである。
そんな王様派のJに、「王様が『マイ・チョーブ、サマック』っていえば、いいじゃんなあ」というと「王様は簡単に好き嫌いをいえないの!…難しい立場なのよ」ともっともらしいことを言う。
いや、この台詞を聴いて、少し感心してしまった。Jのような世間知らずの娘でも、いまやKingdomだからといって、「なんでも王様の言うとおり」とは思っていないし、それが許される世の中ではないとも思っている。
王様は神聖な存在だが、その期待ってのは、具体的ななにかに直結しているわけではないらしい。なにがなんでも「King Love」なタイ人も、王権の機能に関しては、すでに全能ではないことを知っているのだ。もちろん、制度のそのように制定されていることを学んでいるのだろうが、もともと父の権威が絶対ではないタイだからこそ、国父だって絶対的な権威者とは扱わないのかもしれない。
当たり前のことなのかもしれないが、ちょっと印象的だった。
さて、今日はだいぶ良くなってきたJを連れて散策に出かけた。

相変わらず雲が多い。
場所はバリハイ岬。

最近、ヘリポートから岬まで遊歩道もついた。しかし、石畳や手すりは、「せっかく造るのなら、もう少し丁寧に…」と思うような出来。ぜったい、すぐにボロボロになるだろう。
ヘリポートからはパタヤ・ビーチが一望できる。


昨日、レンタル・サイクルについてコメントをいただきましたが、おれも日本ではチャリンカーなのでちょっと気になって、ソイ・ブッカオへ。Jが「あるならソイ・ブッカオ」というのだ。
しかし、見つけられず。
セントラル・パタヤ・ロードに近いセカンド・ハンド・ショップに良さそうなチャリが置いてある。

「これ、レンタル?」
「いや、売り物。7,800バーツ」
「高いな。レンタルする気ない?」
そこで、奥からオヤジが出てきて、「景気が悪いからセルでもレンタルでも何でもオッケー!」と叫ぶ(笑)。
こんな店です。

(ちなみに真ん中のバイクに跨る女性はJではありません。念のため)
帰りがけ、コーヒーを飲みにカルフールに寄ると、こんなバイクを駆るファランを目撃。

サイドカーには混血の男の子を乗せてました。
こうなりゃ、立派(?)なパタヤ沈没組だなぁ。
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ロマンチックな病
先日、Jがバムルンラット病院で健康診断を受けたとき、実は「胸部レントゲンで少し異常が見られるので再検査をお勧めします」という医師所見がついていた。
バムルンラットでさらに詳しい検査をしたかったのだが、たいへんな混雑だったので後日ということにしてあの日はパタヤに戻った。
その後、つい日常にかまけておれが日本に戻るまで再検査に行かなかった。風邪の症状としては良くなっていたし…。ただ、もし、何らかの病を持っているなら「結核」だろうと思っていた。
その後、送られてきた健康診断結果にも特に異常はなかったが、最近になっても空咳が止まらないというので、昨日、サタヒップにあるシリキット女史が援助している病院で再検査させたところ、ホントに肺結核だった。
かつての死病だ。
文学者なんかがよく罹っていた。堀辰雄の功績(?)もあって「ロマンチックな病」のようにも受け止められたが、当時は決定的な治療薬もなく、転地療養くらいしか策もなく、とにかく難病であった。
抗生物質の発達とともに激減したが、東南アジア一般では未だに残っているし、日本でもけっこう再発しているらしい。
いずれにせよ、抵抗力の低下が罹患の原因だろうが、Jがいつから持っていたのかは定かでない。いくつかの美容院で働いてきたが、そのいずれかでもらってきたのだろうか。
Jは「もうだめぇ~」みたいな気分になっているようだが、きちんと対処すれば、いまや、治らない病気ではない。ただ、薬剤耐性も怖いし、根治しないと再発も怖い。
なんてったって、タイ人には「きちんと対処」ってのが、困難を伴いそうで不安だが…。
てなわけで、タイではまだまだ結核も一般的かも知れません。
タイに行かれる方々、特に短期の旅行では無理をしがちですが、疲れたり体調が優れないときは体の要求に耳を傾けて素直に休みましょう。
隔離されたリゾートや高級ホテルを渡り歩く人はともかく、市井のヒトビトの中を往く人は、どこで妙なものをもらわないとも限りません。
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近況
慣れない仕事にすっかり疲れて(笑)、最近更新をサボっています。書きたいことはけっこうなるのですが、どうも、気分が切り替わらない。
不思議なもので、このブログをせっせと書いていた頃のテンションというのは、どこか常識的な日常生活とはかけ離れたものがあったのでしょう。
その後、Jは2週間ごとに病院にチェックに通いつつ、薬を飲んでいる。夕方には近所の公園にいってウォーキングも始めたようだ。どうやら、順調なようで一安心。
一昨日には担当医から許可をもらったそうで、さっそく今日からソイ・ヌンにある美容院で働き始めるという。
結核は、以前に働いていた美容院のいずれかで他のスタッフからもらったんじゃないかと思う。なので、ちょっと気になるところだが、まあ、体調さえちゃんと管理できていれば大丈夫だろう。
おれも願わくば「髪結いの亭主」としゃれ込みたいところだが…(笑)。
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