夢のよう
インド(西ベンガル州・オリッサ州)を経てバングラデシュでしばらく過ごし、パタヤに戻った。
バングラデシュでは、北部のこんなバススタンドでバスを降り…


こんなリキシャに乗って…

こんな村にたどり着き…


こんな家に居候し…

こんな店で飯を食い…

甘い茶をすすりながら、男たちとだべり



村を徘徊し



物見高いガキどもにまとわりつかれ


散髪などもして過ごした。

パタヤからも東京からも異次元空間のようなこの世界。実はおれの慣れ親しんだ世界でもある。だから、たくさんの?マークにアタマを占領されることもなく、ディテールを忙しく求めることもない。ただただ呆然としているうちに時が過ぎていく。
夢でも見てるかのようだった(笑)。
風景だけ、ヒトの営みだけが、解釈なしに目に映りこんでくる。
ヒトの営みってのは、「モノを運ぶ」って行為に集約される…そんなことを思った。ヒトビトはなんとさまざまなやり方でモノを運んでいることだろう。
タイも車社会とはいえ、ピックアップが花形であるところ、まだまだ、ヒトの本源的な営みを保っているといえるのかもしれない。サイドカー仕様の原チャリも(笑)。
3週間、村にいて、つまるところ気がついたのはそれだけだ(笑)。
それにしても寒い。
みんなぐるぐる巻きだ。身も心も縮こまってしまう。
おれがやりたいと思っていることは実現可能だ。手を貸してくれるヤツらもいる。ただ、実はまだ、おれ自身の準備の方が整っていないことに気がついた。
もう少し、時間をかけようと思う。
ベンガル地方は、4月、冬からいきなり酷暑の夏になる。
それまで待つことにした。
ところで、ひとつが「夢」になると、そのほかのたくさんも夢になる。
いま、パタヤもまた、夢になった。
旅に飽いてしまったおれにも、まだ、旅がもたらしてくれるものがある、それは「夢」。しかし、希望や獲得対象としての夢ではない。歳とともに重たくなりすぎる「自意識」ってヤツを「吹けば飛ぶ」ような軽いものにしてくれる「夢」なのだ。
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ふたたびスコータイへ
パタヤに戻るとすぐにJに付き合ってスコータイに行った。
レンタカーを借りてみる。Jが「こないだ友人は一日800バーツで借りた」という。「車種は?」と訊いても「知らない」。いろいろ訊いて回ったが、そんな価格のレンタカーはなく、最安でも1200バーツがいいところ。
結局、サード・ロードで1600CCのカローラを値切り3日3,500バーツで借りた。別に保証金が3,000バーツ。これは返却時にちゃんと返してくれました。
ちなみに以下の行程で移動して、ガソリン代が合計2,900バーツ。
パタヤ〜スコータイ〜シー・サッチャナーライ〜スコータイ〜アユタヤ〜パタヤ
車の状態はまあまあ。
たぶん、冷房のベルトだと思いますが、少しキュンキュンいってた。
パタヤからスコータイまではちょこっと道を間違えたりしたが、中国正月と重なった深夜だったせいか車も少なく快調。夜8時に出て深夜3時前に到着。
カローラで180キロも出るとは驚きだった。
スコータイでは中心街に近いサワディッポン・ホテルに2泊。一泊450バーツ。地味だが悪くない。近所にあるドリーム・カフェというレストランが良かった。

ビール大瓶一本と薬酒(いろんな薬酒があった)4杯にご飯をおかわりして650バーツ。料理はすぐ出てくるしうまい。何より雰囲気が良かった。

翌日、JのFamily Affairを済ませてから、せっかく車なのでスコータイから50キロほど離れたシー・サッチャナーライ(Sri・Satchanalai)歴史公園へ。スコータイのムアン・カオ、シー・サッチャナーライの遺跡群、カンペン・ペッ城塞はスコータイ王朝の3大遺跡で、あわせて世界遺産らしい。
Jの両親、妹夫婦に訊くと「行きたい!」と即答。カローラに6人乗りで出かける。
「行きたい!」わりに4人は遺跡群を前に日陰でグダグダするのみ。興味ないんでしょうねえ。ってか、興味の持ち方を知らないのだろう…。
Jは、「暑い暑い」といいながらもおれのあとをついてくるが、遺跡よりもそれを見に来たファランの旅行者や周囲のタイ人の方に興味が向く。典型的な田舎者である(笑)。
彼らは、こんな階段、けっして登ろうとはしない。当たり前か(笑)。

遺跡はスコータイのムアン・カオ以上に保存状態がひどい。でも、それが返ってナチュラル・ハイを誘ってくれたりする。このあと訪ねたアユタヤの遺跡は保存もよく復元物も多く観光客も多かったが、あまり「ぼんやり」できる環境ではなかった。






3日目、Jの両親の家、Jの実家(祖母などが住む)に寄り、一路、アユタヤへ。
途中、カンペーン・ぺ(Kamphaeng・Phet)というスコータイ王朝の城塞都市跡がある街を経て、日没ごろ、アユタヤに到着。
アヨタヤ・ホテル(1,500バーツ、朝食つき)に泊まる。とっても割高な印象のホテルだ。
翌日、遺跡をチラッとまわり、博物館によってからパタヤへ。パタヤには夕方到着した。



同じ世界遺産を持つスコータイとアユタヤだが、バンコクからの距離のなせる業か、アユタヤは観光客が多く、ホテルも高く、全体的に「すれている」印象を受けた。それに較べるとスコータイは田舎臭くて過ごしやすい。
まあ、自分のオンナがスコータイの出だからそう思うのだろうか(笑)。
アユタヤにはたくさんのツアー客が遺跡にバスで乗り付けて、それはそれは騒がしい限りだった。東洋人に限らず、総じて団体旅行客というのは、そうでない立場の人間の目には見苦しく映るものだ。
日本人街の跡地にも行ったが本当にひどいところでびっくり。入場料を20バーツも取られて中に入ると日泰協会のお土産屋しかない。唖然として車に戻ると誘導係のおじさんが肩をすくめて慰めてくれるほどなのだ(笑)。

ところで車の運転席から見るのとバイクに跨っているのとではずいぶん、交通事情の印象が違う。100台に2,3台はとんでもないバカがいて驚かされるけど、思ったほどマナーも悪くないような気がした。麻痺してるのか気のせいか?(笑)。
少なくとも、バイクが受けるハラスメントは車同士の場合にはない。
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タイの不思議な魅力
久しぶりに露店で飯など食ってみる。

この手軽さ、この気楽さ…。「タイならではだなあ」と思う。
パジャマでお夜食だもんね(笑)

また、ずるずるとここで暮らしてしまうような気がして、その安穏におぼれていく予感が快感でもあり、不安でもある。
オンナや海だけじゃないタイの不思議な魅力…。それに嵌ってしまうとかなりヤバイような気がする。どんどん、「なにもできないヒト」になっていく。
この国の人間だろうが、異国人だろうが、この国で野心的に生きている連中ってのはその野心がどこを向いていようとも、ある意味、たいしたもんだと思う今宵であった。
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ルーク・トゥン
ソイ・ブッカオの定期市に行き、たこ焼きを焼いていたソイユメの市場でこれでもかと聴かされたルーク・トゥンのMP3を購入した。
![KonTai1-153[1]](http://blog-imgs-40.fc2.com/p/a/t/pattayadiary/20080212195437.gif)
![KonTai2-153[1]](http://blog-imgs-40.fc2.com/p/a/t/pattayadiary/20080212195506.gif)
お聴かせできないのがなんとも残念だが、タイによく来ている方ならきっと耳にしたことがあるはず。「あぁ、タイだな…」とひとり悦に入りながら、ビール呑んでます(笑)。もちろん、氷を入れて。
お気に入りの曲は「ขอนไม้กับเรือ - บ่าววี อัลบั้ม บ่าววี2」とタイ語で記されている。
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「Chocolate」と「Sweeney Todd」
Big-Cで映画を2本観た。
「マッハ!」(2003年)、「トム・ヤム・クン!」(2005年)のプラッチャヤー・ピンゲーオ監督の最新作「チョコレート」。
![chocolate_0.2[1]](http://blog-imgs-40.fc2.com/p/a/t/pattayadiary/20080213010434.jpg)
最近の「嵌り」であるルーク・トゥンとあわせて考えると、怪傑少女のカンフーアクションが弾けるこの映画も実は超「演歌調」である。
「演歌調」という調子の決定的かつ不可欠(?)な要素は、「理由」が重く、かつ、その説明が長いこと。そう、この映画もとにかく、説明が長い。脚本と構成だけを考えたら「ダメだし」確実である。
しかし、主演女優の体当たりカンフーアクションだけでない妙な魅力が、その押し付けがましさを補ってあまりあるのだ。
![Chocolate-0[1]](http://blog-imgs-40.fc2.com/p/a/t/pattayadiary/20080213010217.jpg)
彼女が弾けるのを期待しながら、長くつらい説明を辛抱強く拝見拝聴する。
いやー、バタ臭く洗練されていないところが、また、生身感のあるアクションにしているような気がする。
それを期待されたんだろうが阿部寛は最後までくそ真面目なやくざに徹し、あまり存在感なかったな。
この映画を観ながらふと北村龍平が上戸彩で撮った「あずみ」などを思い出したのだが、二つの映画を較べると完全に「Chocolate」に軍配が上がる。
「Chocolate」…あらはたくさんあるけど、楽しい映画でした。
「Sweeney Todd」ティム・バートン監督
![st-movie-poster[1]](http://blog-imgs-40.fc2.com/p/a/t/pattayadiary/20080213011753.jpg)
相変わらずの「完璧さ」で迫るティム・バートン節。
撮影と映像処理は過去サイコーと言ってもいい出来だと思ったら、撮影監督はダンテ・スピノッティだった。映像観てるだけで嘆息してしまう。
が、首切り物語ですから、タイのこと、ぼかしを入れやがる…。しかも、上映中、一度映写機が止まるし(涙)。
救いがないほどやるせない物語。演歌調とはほど遠く、説明は極最小限にとどめられて、ひたすらむなしく殺人が繰り返される。しかも、一般的なミュージカル映画とはいえないが、感情の吐露なる台詞はことごとく唄なのだ。それも、しぼり出すような唄。だから、台詞で感情移入することは許されない。
もう、これほど隙がないとJにはさっぱりわからないから、彼女も怒りを通り越して笑うしかない。
観客は、おれたちのほかにはファランとタイ女性のカップルが3組のみ。みな、すごく不満げな様子で足早に去っていきました(笑)。
ちょっと、パタヤには不向きな映画ではあるな。
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カラバーオ食堂にて
戻ってからは毎日、お気に入りのバラック食堂で飯を食う。タイでは庶民の店に屋号がないことが多い。屋号を掲げているのは華僑系だ。
だから、このバラック食堂をおれたちは「カラバーオ食堂」と名づけている。

おれが現れる前からJはしばし、ここでテイクアウトしていたらしい。
この辺では安くてうまいと評判なのだ。


イサーン風のスープふたつと魚(一本)に飯3杯で80バーツ。
おれと連れ立って現れるようになってから、カラバーオもおばちゃんたちもJに愛想がよくなった。「あたしひとりできていたときはにこりともしなかったくせに」とJはときどき憎まれ口をたたく。まあ、アジア人ってのは得てしてそんなもんだ。それがよそ者効果であり、よそ者の特権でもある。
ファランなんかがこの手の店に現れると「わあ、ソムタム食ったぁ!」とか、「ビールに氷を入れたぁ」なんて、「よくできましたぁ」ぐらいのノリでほとんど子ども扱いである。
おれの場合、そこまでの過剰サービス(?)はないが、おれが日本人だと知って「あたしはアムウェイやってんのよ」と切り出してきた。

Jに商品説明をはじめたおばちゃん。
こんなところでもアムウェイとは…苦笑。Jも「あたしは資生堂なの」とかいってかわしている。
SHISEIDOはけっこうなブランドらしい。まあ、太平洋は越えられないし、アラカン山脈も越えられないだろうけど、タイくらいまでなら日本の化粧品ブランドもかなり進出している。
店を出て、コーヒーショップに寄って帰るとJのカラオケ時代の友人がだんなと遊びに来た。
彼女はチェンマイの出身で24歳。だんなはパタヤのヒトで30過ぎ。ドイツに出稼ぎ中で休暇で帰ってきた。羽振りがよいようでアコードの黒い新車で登場。
この国もまだまだ、出稼ぎ神話はチカラを持っている。
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文化の薫り…?
おれの南アジア行きと時を同じくしてタイ南部、マレーシアなどへ旅に出たウェールズ出身のKがパタヤに戻ってきた。
んで、例によって昨晩はビールを呑みすぎ。
しかもKの手なるタンドリ・チキンなども振舞われ、あわせて食いすぎ。

おれは完全に転がり込み型で、Jの生活にあわせ、その流れに乗ることでこれまで過ごしてきた。しかし、昨晩、Kの自宅(ソイ・ユメのとある路地を入ったところにある2階建てタウン・ハウス。家賃5,500バーツ)を覗くと、そこはまさしく西洋人の住まいであった。
間接照明を意識し蛍光灯を使っていない室内はシックな色調のソファー、テーブルなどが置かれ、壁に絵画やポスター。自作の棚には本やらCD、DVDが並ぶ。
デスクがあり、パソコンがあり、本当に小さなバースペースがしつらえてある。
「ああ、文化の薫りがする」と思ってしまった(笑)。
いや、タイやインド、バングラデシュの貧民の暮らしの中にも宮本常一みたいなヒトなら「文化」というか「知恵」の薫りを嗅ぎ取るだろう。おれだってそうなりたいと思う。でも、自分のペースを維持するためにはKのような隠れ家も必要だ。
「この家の中はウエスタン・カントリーなんだ」とKは言う。
だから、KのガールフレンドはKがタイを離れているときには、ここには寝ない。彼女は自分の美容室で寝る。彼女もどこか居心地が悪いのだろうし、Kはもちろん、タイ的エントロピーの拡大を許さない(笑)。
親しくその辺のタイ人と接し、タイ飯を食い、バックパッカーみたいなノリでフラッと旅に出るKでさえこうしたスタンスでタイにいるのだ。
それに較べると、多少の家具や炊事具は購入したにせよ、それもJにやるつもりで買ったもの。おれは身ひとつで明日にもここを出て行ける「居候の延長」のような暮らしをしている。
いまJと暮らすこの家にKのようなこだわりも愛着もない。
Kは「おまえ、毎日、何してるんだ?」とおれに訊く。
9年もパタヤを沈没場所にしているKでさえ、時にここに飽き飽きすることもあるらしい。旅から戻ったばかりで、かえってそんな気分になっているのかもしれない。
その後、ティム・バートン、テリー・ギリアムの映画の話で盛り上がってしまった。
しばらくしたら一度、日本に行こうと思っているおれだが、今回の滞在中のテーマは「ここでのあり方を模索すること」だ。パタヤを完全に見切ることはできそうにないが、年に数回の旅行でホテルに滞在するってのもピンと来ない。Jとのこともあるしパタヤとの縁が深くなりすぎた。
「バンコクで働いてみたらどうだ」とKはいう。
かれはバンコクでキリスト教系の学校の教職をゲットしようとしている。「曲がりなりにも一国の首都だ。パタヤとはぜんぜん違ったタイを楽しめるぞ」と。
「うーん、バンコクかぁ」
どうにも好きになれんし、おれにできる仕事などあるとも思えないんだよなあ。
しかし、西洋人ってのはときどき理解不能だが、考えさせられることも多い(笑)。
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ちょっと怖いハナシ
最近、Jの友人Pは、2週間に一度ラヨーンの方にアッシー君(古いか)にしているタイ人の男と出かける。友人を見舞い通院の送り迎えをするためだ。名前は知らないのだが、仮にその友人をXとしておこう。
Xはエイズを発症したものの、それまで散々貢いだ親にも引き取ってもらえず、ゲイの兄の元に身を寄せて余生を送っているそうだ。
Xにはボーイフレンドがいた。そして、彼がどこかでHIVをもらってきたらしい。そして、エイズを発症し、あっという間に亡くなった。HIV陽性だとわかった時点で別れたらしいが、XもしっかりHIVをもらっていた。
怖いのは、Xは陽性だと気づいたあともそのことをだれにも話さず、発症するまでけっこう長い間、お風呂屋で働き続けていたということだ。
彼女の働いていた店は顧問医による定期的な検診を義務付けていたらしいが、タイのこと、どうにでもなってしまうのだろう。
おれの古い友人にもひとりHIV陽性のヤツがいる。でも、日本でならちょっと厄介な持病を抱えている程度のカンジできちんとケアしていれば、発症を遅らせて生き続けることができる。日本だって狭い社会だから仕事だとか、世間の目とか、ヤツも辛い思いをしていることは事実だ。でも、彼はゲイなので、その仲間たちに支えられてとりあえず今は穏やかな生活をしている。
おれが怖いと思ったのはふたつある。
ひとつは、だれにも打ち明けず、HIVをひた隠しにして働き続けたXは怖かっただろうなということ。いまは発症し、それによってヒトにも知られざる得なくなってしまったが、間近に迫る死の宣告によって、かえって、楽になったこともあるのかも知れないと勝手なことを思う。
ふたつは、もちろん、オンナをカネで買うってことの怖さだ。
ゴムってものもあるが、あれもねえ。舌にゴム被せて飯を食うようなもんだ。いや、それ以下かも知れない。ちょっと想像したって旨いわけがない。食欲も失せるわ(笑)。
まあ、そんなハナシじゃなくて、常に簡便で安直ななにかには大きなリスクが伴うということなのだろう。
いつでも、おれの予防法はいたってシンプルだ。
「このオンナなら、なにがどうなってもいいや」って思えるときだけ、「Go!」である。そんな勘違いや錯覚をけっこう大切にしている。
それは予防になってない…(笑)。
まあ、幸い、おれもJも陰性です。
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パタヤでヴァレンタイン・デー
昨日はヴァレンタイン・デー。
イベント好きな(というか、何でもお祭りにしようとするのか)タイ人はそれなりに盛り上がっていて「ハッピー・ヴァレンタイン!」なんて言われる。
ここではチョコレート産業の策略ではなくて、花き産業がヴァレンタイン・デーを主導しているらしい(?)。



ウェールズ出身のKも「ヴァレンタイン・デーなんてよくわからん」といっていた。「聖ヴァレンタイン」なんてヒト知らないそうです(笑)。
しかし、JもJの友人はそれなりにその気なので、遊びに行くことにした。
チェンマイ出身の色白のJの友人、その色の白さにやられたアコードの新車に乗るドイツで働くパタヤ出身のスマートなボーイ・フレンドとお出かけしました。
特に行きたいところもなく、WSを歩き回ってからバリハイ・プラザへ。
WSもいたってフツー。
「Long Live The King」なんて書いてあることにはじめて気がついた。


最近多いインド系観光客

いきなりはじまった抱擁

なぜかすごく健康的な出で立ちのおじさん。ところで、おれもチャリはGiantだった(笑)

この子でけっこう客が釣れていた


こんなところでも「聖なる場所」のヴァイブレーションはあるような気がする

久しぶりのMixx。深夜1時過ぎ。


ダラダラと3時くらいまで呑んで帰りました。
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カラバーオ系にはクールな男が多いのか?
タイの有名なシンガーでカラバーオというグループ(いや、個人なのか?)は、カリスマ的な支持を得ていることで有名である。「水牛の角」マークはタイを訪れたことのあるヒトならどこかで見かけたことがあるはずだ。
![karabao11ua8[1]](http://blog-imgs-40.fc2.com/p/a/t/pattayadiary/20080215170123s.jpg)
(かなり横長画像なので縮小しました。クリックしていただければ拡大します)
多くのオトコたちが彼のバンドのロゴの入ったシャツを着、キャップを被り、車やバイクにステッカーを貼る。
ある種の「アイデンティティ」の表明になっているような位置づけに「カラバーオ」はある。
いつも朝食兼昼飯を食うバラック食堂のオヤジも「カラバーオ・ヤロー」であることは以前にも書いた。
http://pattayadiary.blog123.fc2.com/blog-entry-63.htmlhttp://pattayadiary.blog123.fc2.com/blog-entry-143.html![okini[1]](http://blog-imgs-40.fc2.com/p/a/t/pattayadiary/20080215165122.jpg)
この「カラバーオ」というアイデンティティが、どのようなものなのかおれにはよくわからない。が、今日の食堂での会話をJが説明してくれて、「これぞカラバーオ」(?)と思ったのだ。
シナリオ風に記すとこんなカンジになる。
いつも、混雑しているカラバーオ食堂だが、ふと、客足が途絶えることもある。
アムウェイおばちゃん(カラバーオ妻)、仕事の手を休めて、Jの横の椅子に座り込む。
おれとJのカオを見比べ…。
妻 「(Jに)あんたたちけんかすることなんてないの?」
J、おれのカオを見てあごをしゃくりながらニヤニヤ笑う。おれは何のことかよくわからない。
J 「そりゃ、あるわよ。しょっちゅうよ」
黙々と串焼きをいじっていたカラバーオが炭の熱で紅潮した顔で振り向く。
カラ「(シニカルに笑って)おまえ、そんなこといちいち訊くもんじゃねえ」
そこでもう、彼は串の方に向き直っている。
カラ「おまえやおれと同じよ。歯が同じ口の中にある舌を傷つけてしまうことだってあるんだ。男と女も同じさ」
おばちゃん、興ざめしたように沈黙し、席を立つ。
Jはからからと笑っておれを小突く。
うーん、こいつはカラバーオ以外の何者でもないとひとりごちる。
タイでは「オトコはカラバーオ」。「オンナは…」、こっちはよくわからないな、まだ。とりあえず、「オンナならスコータイ」ってことにしておこう(笑)。
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まったりとした一日
パタヤ・ヌアにあるBic-CまでJの買い物に付き合い、その後、ビーチ・ロードを散策してみた。
Big-C内の日本食レストラン「FUJI」前。

観光バスでBig-Cに乗り付けるツアーが洋の東西を問わず多いようだが、どうなんでしょう(笑)?
まあ、これまでもツアーに参加したことはないしこれからもないだろうけど、もし、あの一員だったとして、ガイドが「はい、みなさぁん。ここがかの有名な…」とかいってBig-Cに横付けされたらかなり引くだろうなあ。
パタヤでブランド品や電化製品なんかを買い漁る観光客を見かけることもありますが、パタヤに観光客を繰り出すような国で、こうした商品は手に入らないのだろうか?
まあ、インドなんかはいろいろ厳しいだろうけどねぇ…。
今日もしっかり暑かったけれど、雲が海にのしかかるように空を覆っていて、晴れ間がときどき覗く程度。

夕暮れ時になるとビーチにはヒトも少なく、夕焼けもパッとしなかった。

こんな日は、かえって本などがゆっくり読めます。
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パタヤ・ローカルな朝
ソイ・ヌンパブワンでは、次々、新しい店がオープンしている。タウンハウスの一階で営業し、二階三階に居住するタイプが多い。
空き家、売り家はたくさんある。けれど、かなり高い。まあ、表示価格から交渉が始まるんだろうからその分、高く設定してくるとはいってもそれでも高い。まして、20バーツ30バーツの商売をするとしたら割が合わない。
朝飯を食いながらそんなハナシをすると、Jは「みんな、仕事がないのよ。だから、なんか商売を始めようとする」と。
んで、うまくいかなくて数ヶ月で閉めてしまう店をよく見る。
今日の朝飯はプーケットでコックをしていた男性が家族とはじめた食堂。おれたちが飯を食うのはカラバーオ食堂か、このプーケット食堂がほとんど。ときどき、両方とも閉まっている日があると飯の選択に苦心する(笑)。
新しく店ができると試してみるのだが、たいていがっかりすることが多い。
プーケット食堂は、もちろんタイ料理だが、それなりのレストランで働いていたのだろう。いわゆるローカルタイ料理に較べると洗練(?)されていて、外国人の舌にもなじみやすい。んで、近所の老ファランがけっこうやってくる。
タウンハウスは購入したものだという。ピックアップ車も持っている。彼の商売だって客単価は数十バーツ。訊くと、姉のボーイ・フレンに買わせたらしい。もちろん、ファランである。
そうでもなきゃ買えないわな。
プーケット食堂の家族の中にファランはいないが、近所にはとかく、ファランの居場所確保みたいな店が多い。もちろん、自分名義では購入できないからオンナ名義なのだろう。そして、それにまつわるトラブルも多い。
買うならやるつもりでないとダメだろう。居場所ならウェールズのKのように賃貸でじゅうぶんだし、どうしても買いたけりゃコンドにでもするべきだ。
ふと、飯を食いながら新聞を広げたJが、「コン・イープン、ニサイメディ!」といってプリプリする。

なんでも、投資を誘うWebサイトで釣ったカモ(もちろん、日本人です)をタイに誘い出し、数十万円強奪したという。スポーツ紙並みの低俗新聞とはいえ、一面トップ!(笑)。
新聞のトップ記事になるなんて、なかなか難しい。たかが数十万でなんて日本人特権だな。
すると、食堂のお母ちゃんに新しく建設するお寺へのタンブンを勧められた(?)。

Jが応じて20バーツを箸にはさんで立てる。
事件といえば、一昨晩、うちの近所で殺人事件があった。オンナがらみの揉め事で少年が少年を撃ち殺した。その話題でこのあたりは持ちきりだ。なんと、場所はJの美容学校に通う友人の隣宅。友人は16歳だが一児の母で、そのだんなも殺人罪で服役中。
まったくどうなってんだか…。
ピックアップが通りかかり「ペッチャブン特産の甘くて実の大きいタマリンド、産地直送で20バーツ!」とマイクでがなりたてている。
せっかくなのでタマリンドを買った。

甘くてうまい…もう少し酸味が強いほうが好みだが。
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パタヤの住に関すること
いただいたコメントを元に、パタヤでリーズナブルな生活を営むにあたっての家にまつわることを整理してみた(ブッサバーさん、コメントありがとうございます)。
・住居について
おれはソイ・ヌン・パブワンというパタヤ・カン(セントラルパタヤ・ロード)がスクムビット・ロードに突き当たった真向かいにある通りに住んでいる。ごくごく一般的なタイ人の生活圏でムスリムの多い地区でもある。また、沈没老ファランもけっこう多く、外国人向けの囲い込まれたリゾートハウスもそこここにある。
ちょっと古い写真だが、うちはソイ・ヌンから入ったデッドエンドの路地にあり、この路地自体が「××ヴィレッジ」の私有地であり、路地の入り口には24時間警備員が常駐している(警備員といっても、いい歳したおじさんが2交代)。

デッドエンドに向かって右側が、2Bedroomにリビングとキッチンがついて、洗面、洋式トイレ、シャワーが一体になった浴室のある平屋の長屋が連なる。
左側は3Bedroomの独立家屋(こちらも平屋)。
家主によって違うが、長屋側は家賃月額4〜5,000バーツ程度。独立家屋側は10,000とかするらしい。ともに家具なしの価格で、空調やら家具やらが入った独立家屋の「For Rent」には、15,000バーツなんて書いてあった(高い!)。
売り出し当時、長屋側の売値は70万バーツ台だったらしい。4,000バーツなら、この国の金利も考えると、まあ、妥当な家賃だろうか。
・治安について
アパートならソイ・ヌンの場合、もっと安いだろうが、あまり住み心地が良さそうには思えない。
ヴィレッジ自体、路地には常にヒトがいるし、路地の入り口には曲がりなりにも警備員がいて、しかも、遅くまで営業している酒屋がある。長屋は裏側を壁で塗りつぶしたベランダなので、各家屋には壁をたたき壊さなければ侵入できない(その分、家の背面側は薄暗い)。
防犯は比較的良いといえるだろう。
実際、おれがパタヤに来て8ヶ月、ソイ・ヌンではあまたの犯罪が発生しているが、このヴィレッジでJが住み始めて以降、1年強、特にこれといった事件も発生していない。
・ご近所さんについて
住人はファランとタイ女性のカップルが半数弱を占める。その他、タイ人は店を持っている家族(独立家屋側に多い)や、定期市で何か売ったり、露天商だったり(長屋側に多い)で、勤め人や役人風情はあまりいないようだ。
基本的にとんでもないようなヤツはいない(笑)。うるさいことがあるとしたら、ファランにくっついているネーチャンたちが時に音楽鳴らして酒盛りする程度だ。
・お買い物、周辺事情ついて
ソイ・ヌンにはスクムビット通りの入り口近くにロータスもできた。もちろん、ローカル・マーケットもある。銀行もあるし、TUTAYAもある。バービアやカラオケもある(笑)。タイ飯なら困らないし、イタリア料理屋、パン屋もある。生活に不便はない。ただし、このソイでは、ファランとオネーサンの経営する店以外、英語は通じない。
パタヤ・カンのフードランド、カルフールまでバイクで10分程度。ただし、スクムビットという大河を渡河しなければいけない(笑)。
ルートソンテウはない。赤いソンテウが客を満載して走っているのを時々見かけるが、いつ来るのはまったく当てにできない。バイタクだまりはそこら中にある。基本的に料金はどこまでいくらか、みんな知っているので、あまりボってくることはない。でも、車かバイクは必需品でしょう。
・電気
電気はヴィレッジやコンド、集合住宅などでユニットごとの単価が違う。管理者が中間搾取(?)しているリゾート住宅地もあるらしい。
うちは大家の名前で電力会社から直接支払い票が来ます。ユニット単価は使用量によって差があるようなのですが、およそ3バーツ/ユニットのようです。
うちには2基エアコンをつけてあり、冷蔵庫を2台使っています。それ以外、大して電気を喰いそうなものはない。暑かった夏の電気代で月1,200バーツ程度。寒かった12月は700バーツ未満でした。
・水道
うちには温水器はつけていない。給湯器はどこでも売っているので、つけることは簡単だろう。
水道代は現在、Jと二人暮しで月300バーツ前後(ただし自炊はほとんどせず)。
水事情はよくありません。よく断水します(断水というより供給が届かないのだろう)。1,250リットルのタンクをつけてあり、供給のあるときはタンクに水が溜まるようになっています。また、給水屋も電話一本で来てくれる。タンク満タンで150バーツ程度。
(なお、電気、水道代はセブン・イレブンで代行料10バーツにて支払えます)
・ガス
プロパン使用。
最初にシリンダー代が2,000バーツほどかかる。その後の交換は店によるが200〜250バーツ程度。こちらもガス屋に電話一本で交換に来てくれる。
・通信
ADSLを使用する際、電話も引きました(TOT)。ともにJの名義です。初期費用に6,000バーツくらいかかったと記憶しています(モデム代込み)
ADSLは512Kで月額700バーツ。ときどき切断しますが、モデムのリセットでまた繋がることが多い。電話代は基本料が100バーツ。ほとんど使用していないので通話料はよくわかりません。
ケーブルテレビは、スクムビットの向こう側とこちら側では会社が異なり、若干チャンネルにも異同があるようです。こちら側はバングラムン・ケーブルで、費用は年額3,000バーツ。
・その他
年払いでゴミの回収にかかる費用があるようですが、これはうちの場合、大家が払っています。また、おそらくヴィレッジの管理費もあるはずですが、こちらも大家の負担のようです。
・番外編
ソイ・ユメにから入った路地に住むウェールズ人のKの場合
住居は2階建て長屋風でこんなカンジ。

(ただし、写真は参考。別物です。Kの家はもっともっと古い)
彼の家の間取りは、1階にリビング、ダイニングとキッチン、トイレ。2階に2Bedroomとトイレ・シャワー室。広さは実質、うちと変らないと思われる。んで、家賃月額5,500バーツ。地の利を考えると割安な感じだが、彼の大家は9年間、家賃を据え置いてくれているという。いま借りたらもっと取られるのだろう。
ただし、彼の家も大家が購入したときには50万バーツだったそうだ。Kによると最近でも取引価格は80万バーツくらいだというが、よくわからない。まあ、古いからか。いずれにせよ、よく広告で見る住宅価格はべらぼうである。
彼の住む界隈に外国人はヒジョーに少ない。
ソイ・ユメはパタヤ・カン側なら、カルフールに近く、パタヤ・ヌア(ノース・パタヤ・ロード)側ならバススタンドに近い。全体が3rd・ロードと平行している比較的便利なソイなのではなかろうか。最近、特にカルフール側は大規模なタウンハウス群が建設され、中には長期滞在向けのゲストハウスなどもあり、バーやレストランもオープンし、ちらほら長期滞在者も見かけるようになった。第2のソイ・ブッカオになるか?(ならないって!)
・住にかかる基本的な費用
ということで、こんな生活なら大きな物価変動でもない限り、光熱水道・通信費を入れても10,000バーツあればじゅうぶん。
あくまで、「こんな生活」ならであって上を見ればキリがない。そして、それこそ、ソイ・ユメでもアパートなら小奇麗な新築物件が一室2,500バーツ程度からある。ボロいのは、1,500バーツ程度(いずれもワンルーム)。
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ちょっとした物思い・その一
Jが風邪を引いて寝込んでいるので、ひとり、わけのわからないことを考えつつ、ぼんやりしています。具体性のない駄文を書きなぐったカンジなので、「はいはい」という方は無視してください(笑)。
「階級格差とは情報格差である」
お水の仕事をしている娘たちを見ていると「情報」というものについて考えさせられることが多い。世間ズレしているように見え、時にそのように振舞う彼女たちだが、それは蛸壷的な各論のレベルにおいてであって、社会全般に関しては驚くほど無知であったりする。
もちろん、巷には情報があふれている、ように見える。または、ちょっとその気になれば、情報ツールにも情報ソースにも事欠かない、ように思える。
ところが、彼女たちは生まれたときから見事に自己完結的な「情報疎外」の中で生きてきたし、今も生きている。その親も、また兄弟姉妹も、そしておそらくその子供たちも、閉鎖的な「情報疎外」の中で生きていくだろう。
このおれの感触は、Jとの生活での見聞に基づいている。一般論ではないし、普遍化するつもりもない。
しかし、途上国といわれる国では、ごく一部の人間たちを除き、ほとんどの人間が情報の取捨選択の機会を与えられていないのも事実だ。お水で働かざる得ないことになってしまう女性たちとその一党は特にひどいような気がする。
自分の狭い経験に照らしても、やはり強烈な階級社会であるインドの大半の人々がそうだった。イスラム教によってカーストから解き放たれ水平化されたはずのパキスタンやバングラデシュも、新たな階層化によって新しい「カースト制」を生み出していると言っても過言ではない。
ただ、ともに働いたことがあり、一つ屋根の下で寝ることがあったとしても、ここでのJとの暮らしのような関係を築いていたわけではないから、おれは立場でものを考え、発言していた。それはキレイ事であり、お題目であった。
曰く「情報とニュース・ソースの共有」などといったスローガンがそれだ。
しかし、「取捨選択の機会」というのは、それだけで自立しているものではない。取捨選択する能力が要求される。その能力の開発と訓練が生まれながらに抜け落ちていれば、ヒトは自ら「情報」を見過ごし「取捨選択の機会」をあっさり放棄する。
Jやその知人友人たちがまさしくそうだなのだ。
実は階級社会における階級闘争は、内発的なものでなく作為的なものである。階級闘争なるものは、かつても、そして今も、幻想なのだ。階級社会には、各階級内での闘争あるのみ。
いったん、閉じ込められ固定化されたヒトタチは、やがて自閉するにいたる。よそから現れた扇動者にその殻を破るチカラなどあるはずもない。
仕事の選択に限らず、彼女たちの日々の生活、楽しみ、余暇といったものすべてに、どこか「なにをしたら良いのかわからないカンジ」が色濃く漂っていることを感じたことがないだろうか。それを「することがないカンジ」とまで言ったら、ちょっと言い過ぎかもしれない。
「したいこと」「すること」はある。一方的に与えられた情報が、彼女たちを駆り立ててくれる。だから、途上国では得てして、デジャブのように次々、同じようなことを願い、同じようなことに哀しみ、同じようなことを喋るヒトがおれたちの目の前に現れる。
たとえば、タイオンナ。お水だろうと、大学出ていようと、都会者だろうが田舎者だろうが、そんな差に実はあまり意味はない。
階級格差とは情報格差のことである。
それはつまるところ「カネ」だと誤解されやすいが、経済格差とは結果として表徴の位置を占めるにいたったに過ぎない。
閉鎖的な社会にヒエラルキー意識を生み育て、固定化し、それを延命するのは「情報」の扱いに他ならない。
閉じ込められついには自閉したそんなヒトタチの中でも、タイのオンナにはお水という道があり、そこで外国人の男を捕まえるという突破口があるだけ、まだ「救い」があるのだろうか?
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ちょっとした物思い その二
Jが風邪を引いて寝込んでいるので、ひとり、わけのわからないことを考えつつ、ぼんやりしています。具体性のない駄文を書きなぐったカンジなので、「はいはい」という方は無視してください(笑)。
「ヒエラルキの本質」
ヒエラルキーの本質は閉鎖性にある。
閉鎖性は社会維持のための有効なツールであり、内向きな社会ほど閉鎖性(つまりヒエラルキーが強く働いている)かつ、自己完結的である。付言するなら、そんな社会ではヒエラルキーの機能である「情報操作」が有効かつ強力に働いてる。
閉鎖性には意外な弱点もある。異物の混入を好まないということだ。
現れる外部者も$もちろん、自ら固有の内向的「ヒエラルキ」を背負って、別の閉鎖社会に登場するわけだが、外部者のヒエラルキがその受け手側のそれは同一ではないから、外部者の位置づけは至極あいまいになる。
多くの場合、「よそ者」という位置づけでカテゴライズしてお茶を濁す。タイでは「ファラン」なんてのはその代表格だろうし、日本なら「外人」、インド・ベンガル語圏なら「ビデシ」なんて名を与えられる。
そして、その「よそ者」に過剰に反応するところと無視を決め込むところがある。
タいはどちらかというと後者だと思う。しかし、閉鎖社会にしては観光にせよ、産業にせよ、異物の混入に依存している。だから、やんわり無視して異物を意図的に在の社会の外に置こうとする。せっかく築き上げてきたヒエラルキーを壊されないためには欠かせない選択だ。タイ王国は国内に外国を併せ持つのだ。ただし、そのやり方はかなり巧妙で、出島や租界地のような即物的な形を取らない。空間を共有し、相互に行き来しながらけっして交わることない非視覚的な外国がタイ中に散在する。タイ語という壁もそんなタイの戦略を実現するのに一役買っているだろう。
内向きのヒエラルキーから逃れたいと願っている者にとって、王国内にある外国の存在は救いになってもいいはずだが、実は階級を上がりたいとは願えても、逃れたいとは思わせてもらえないところも「情報操作」のみそである。仮にもJは、おれといることでタイ王国内に存在する外国に身を置くことはできるわけだが、そこだってJにとっては安住の地ではない。もちろん、そこで情報疎外や階級から逃れられるわけでもない。
なぜなら、タイ王国に存在するこの異国に実質的な境界線はないが、その一員となるには、取捨選択の能力が最低限必要であり、その能力によってデフォルトの情報を共有し、さらに継続的に情報の取捨選択を続けていかなければならない。
自閉的なタイ王国の意図的な情報疎外の中で育った彼女たちは、はじめからその能力を剥奪されている。
王国の階級社会では許されない越境感覚を一瞬、楽しむことはできる。この異国は「来る者は拒まず」だ。ちょっとした錯覚に惑うこともできる。
しかし、やがて彼女たちはことごとく遁走する。
Jも、また、多くの外国人と暮らすタイオンナも、結局、コスモポリタン的自由を獲得することなど適わないし、そんなものに価値を見出すほどの情報にさらされたこともない。
だから、ついに、彼女たちは自らの共同幻想に帰っていく。一つ屋根の下に二つの国が存在する。そして、ともすると外国男のほうも彼女たちの共同幻想に取り込まれていく。
おれたちは自ら閉鎖性を背負い込んでいくわけだが、これは人間の性なのかも知れない。
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夕立ち
Jが一日おとなしく寝ているので、一冊本を読み終えた。
「蛇の王(ナーガ・ラージ)」東郷隆(集英社)
![31R5TQ8EGSL[1]](http://blog-imgs-40.fc2.com/p/a/t/pattayadiary/20080217213858.jpg)
やたら分厚い。が、サクサクと読める。時代小説の分野で奇譚モノをたくさん書いているヒトらしいが、そんな雰囲気がよく出ていた。600ページもあるけど半日で読み終えてしまえるって点で、時間つぶしには良かったかも。
今日、うちのあたりは素晴らしい夕立に見舞われた。
その後、雨が上がったのを見計らって、2日連続でジムに行った。実は2ヶ月ぶり。すっかりサボりまくっていたのですごい筋肉痛だ(笑)。
ジムを出ると空がオレンジ色に染まっている。

スクムビット通り。パタヤ・カンとの交差点付近。

時間の経過とともに色あせていく。

近くに歩道橋があるので上がってみた。

ほとんど人通りはないのに、物乞いのおばちゃんがいる。

場所の選択が悪くないのだろうか?…なんてことが気になる(笑)。
むちゃくちゃ蚊が多くて刺されまくってしまった。
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美容師という安直でキビシイ(?)選択
最近、美容学校へ行くJの送り迎えをサボっている。
スクムビット通りで行っていた頃は、小さなバイクだと確かに怖いし、心配だった。しかし、線路沿いの新しい道が完成したのでアクセスもよくなり、この道ならJでも呑気に走れるようになった。まあ、送り迎えだとガソリン代もバカにならない(ケチ)とかナントカ言って、自分で行かせている。
学校といっても、どうやらろくなカリキュラムもなく、普通科の学生や近所のヒトが洗髪やブローにやってくるのを待って、彼女たちを練習台にする実習ばかりらしい。さすがに髪を切りに来る勇気ある(?)客はほとんどいないようなので、カットの練習にはならない。
第一期の3ヶ月は出張実習に出ていたので、「髪の毛なんて生えてりゃいい」程度のおばあさんやこどもがカットにも来ていたようだが、年頃の女子高生ではそうもいかないだろう。
そんなんで、Jは少々やきもきしている。
かつての教え子が店を持ったというので、教師が「実習生として働いてみないか」とJを誘ってくれた。Jが扱った分に関しては40%の取り分もくれるという。3ヶ月公立職業訓練校で学んだだけのまったくのドシロウトにとっては悪くない条件だ。金をもらってサービスを提供する方が緊張感もあるし、度胸試しにもなる。
勇んでアルバイトに出かけたJだが、結局続かなかった(笑)。
この店、まるで客が来ないのだそうだ…。まだ、学校の方がましだと。
学校の近くでうちからは遠いし、「近場で捜したら」ということになった。ソイ・ヌンには星の数ほど(?)美容院がある。どこか雇ってくれるところもあるだろう。
しかし、タイでは謙遜やヘリくだりなど通用しない。「まだ3ヶ月コースを終えたばかりの青二才ですが…」なんて現れる頼りないヤツを雇ってくれる慈善事業みたいな店はない。「給料は安くてもいいですから」ってのダメだろう。もともと、美容師の給料はバカみたいに安い。
「ひとつ見習いでよろしく」ってのも、あまり受けないらしい。クラフトマン・シップや徒弟制みたいな感覚はないのだ。そんなヤツは「技術泥棒」らしい(笑)。
こうなると自分で店を開けるしかない。
「あたし、シャンプーとブロー、スタイリングしかできないのよ。あとメイクとつめの手入れ」。
「できるヤツを雇えばいいだろう」
なんて冗談を言っている。
まあ、開業するのはホント、バカみたいに簡単なんだよね。ほとんど露店のたこ焼き屋と変らない。たこ焼き屋より少々金がかかるだけだ。
実際、ソイ・ヌンでも、美容院が居抜きで売りに出ていてる。といっても賃貸なので、「店舗にある一式すべて売ります」っていうことで、家賃は別。ただ、明日からでも店を始められる。5万とか6万バーツ程度のハナシ。家賃は5,000バーツ。
しかし、その点、Jもバカじゃない。「最初はスタッフとして働いて経験積まないと」と。
「いきなり開業して、へたくそだったら客もつかないわ」。
ごもっとも。
どなたか、Jを見習いとして研鑽してくれるような奇特な美容室、ご存じないですかね…。
近所のとある美容室

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象徴的な存在と不在
Jに付き合って買い物に行った。
彼女が美容学校に通い始めて以来、しばしば訪れるPattaya Beautyというお店。カルフールのパタヤ・カン(セントラル・パタヤ・ロード)をはさんだ向かいにある。

美容用品の問屋のような店で、はさみから洗髪台まで、染髪剤から美白溶液までなんでも揃う。しかも卸価格だからカルフールのようなスーパーと較べても圧倒的に安い。小売でも買えます。
同じような店は大小、パタヤ中にあるが、パタヤ・タイ(サウス・パタヤ・ロード)、Tuk.Com近くにもでかいのがある。
この手の店の存在って、なんかパタヤを…、いや、タイを象徴しているような気がする。
なんといっても、美容院と美容問屋の乱立、一方、本屋がまったく存在しない(カルフールの一階とか一部、ありますけど)ことのふたつは、ヒジョーに象徴的だと思うのだった。
せっかくなので、ちょっと、そのままドライブ。最近、キャブの調子が悪いので、購入店にイチャモンを付けに行く。パタヤ・カンを3rd・ロードで左折して、左手に最初に出てくるバイク屋。大型バイクを中心に中古の輸入バイクを扱っている。

でも、この店はやめたほうが良いです。購入後のケアが良いとは言いがたい。

このおじさんがオーナーです。かみさんの尻にひかれているっぽい(笑)。
バイク屋もやたら多いですね。もちろん、修理屋も。
ビーチに行ってみると、今日はけっこうな人出でした。

でも、空模様はご覧の通り。

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お掃除日和
調整の甲斐あってか、今日はバイクの調子が良い。
せっかくなので、キレイに洗って手入れをする。おれはバイクを洗うのが好きだ。一方、Jはまったく手入れなどしない。それこそ、はじめのうちはJのバイクも一緒に洗ってやったりしたものだが、最近は面倒なので自分のバイクだけ洗う。「気にならないんだから構わないだろ」と(笑)。
Jは掃除や洗濯があまり好きではない(ちなみに料理はまるでダメ)。突然、そこら中をきれいにし始めることはある。そんなときは徹底してやるようだが、まあ、至極まれなことではある。だから、洗濯物はすぐ、山のように溜まる。服やシーツ、タオルなどはそれこそ、こまめに着替え、交換する。だったら、洗濯もまめにやったほうが効率も良いと思うのだが、生活において効率なんかを考える方がここでは病んでいるのだ。
「だって、めんどくさいんだもん。すぐまた汚れるし…」とJ。
たこ焼き屋をやっているときにもよくJが口にしたボヤキだ。
「おまえ、毎日、シャワー浴びなかったっけ?」
最近、勘が鋭く(?)なって、おれがなにを言おうとしているのか、これだけでわかるようになった(笑)。
「I am Kon na!」
J得意の台詞である。
「その台詞、仏教徒とは思えんなぁ」
まあ、とかく、車やバイクを自分で洗うようなヤツはあまりいない。そこそこの顔して暮らしてるヤツならなおさらである。
でも、天気のいい日、愛車をキレイにし、いじったりするのは楽しい。
今日は天気が良いのだ。

それによくわかっていないマシンのことが少しはわかるような気になるし、自己満足としても愛情の表現でもある。
いきおい、玄関、玄関先も掃除し、ちょうど、ゴミ屋が来たのでゴミ箱も洗った。
気分がいいものだが、はじめの頃、Jは「Shy」といった。
わかるような、わからないような…。
わかるのは、階級的分業ということだし、しなくていいことはするべきではない。そんなことするより、ブラブラしたり、駄弁ってればいいのだ。
表に出してある収集用のゴミ箱を洗うヤツなんかいない。
それが立場の保持でもある。
「玄関はその家の顔だから、清潔に」とか「ゴミ屋さんたいへんな仕事なんだから、少しでも気分よく」なんて、母ちゃんは言っていたものだが、ハッタリかました豪奢を気取ることはあっても、「もうしわけない」感といったようなものはないのだ。
南アジアでもそうだった。
仕事でいたときはそれこそ立場があったので、おれがはじめると、みな、慌てふためいて参加し、あっという間に事が片付いた。そう、何事もやらせたいことがあったら、まず、自分ですることだ。
「おままごとの延長のような」とはいっても、妻気取りのところもあるJは、おれがはじめるとそれを制して自ら引き継いだりもする。なんだか、Jと暮らしながら仕事してるみたいだ(笑)。
しかし、「なにもしないでブラブラしているのが、本当の力技なのさ」(漫画「ボーダー」の台詞)という意味不明ながらなんとなく説得力ある台詞を思い出し、そんな自分をあざ笑うのだった。
こんなものまで洗ってしまった。

パタヤの家庭ではデフォルトのアクアリウム。Jは金魚だけど、みな、けっこう立派な魚を飼ってる。
ところで、みんながJみたいな人ばかりではありません、念のため。うちのヴィレッジにもちゃんとしたヒト、家族はいます。
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最近、蚊が多いです
昨年の6月から断続的にここにいるが、この時期、いままでで一番蚊が多いような気がする。
南アジアでも、都市部では、雨季よりもかえって乾季の方が蚊が多かった。
都市型の蚊といえばネッタイシマカである。

こいつはデング熱を媒介する。
おれはデング熱にやられたことがある。なんだか、突然40度を超える高熱が出て、関節やら筋肉痛に悩まされ、1週間くらいで自然に引いていった。とても消耗したことを憶えている。
2度目は「デング出血熱」になる確立が高いというから、少々、戦々恐々としている。その仕組みは聞きかじりで満足に説明できないので割愛(笑)。
ちなみに、ネッタイシマカが都市型というのは、ちょっとした水溜り(たとえば、ビルの間のクーラーの水が溜まったようなところや、側溝の小さな澱みなど)でも繁殖するかららしい。しかも「いかにもボンフラが沸きそう」っていう水じゃなくて、ちょっと澄んだような水でも繁殖する。
パタヤにもいます。
こいつらは日中寄ってきます。しかし、図体がでかいので、比較的感知しやすい。
気をつけましょう。
蚊が媒介する手ごわい感染症といえば、マラリア。
こちらはかの有名なハマダラカです。

どちらかというと、田舎型(?)。
夕方以降、活動します。
タイでは、ビルマ国境地帯とか、南部の島嶼地域などでマラリアが発生しているという。
おれはマラリア汚染地域に長期滞在したことはないので、残念ながら(?)マラリアは経験していない。が、アフリカ帰りの連中などは、マラリア自慢に花を咲かせる輩が多い(笑)。
「三日熱なんてたいしたことない」とか「おれは卵型だ」「熱帯熱だ」と。まったくなんの自慢だよってカンジ。「卵型」なんて名前もかっこ悪い(笑)。
マラリアは聞くところ、一生直りません(潜在しているという意味です)。ふたたび、ハマダラカに原虫を注入されるときちんと次のステップに進めるようです。それも、アフリカ帰りの連中が勲章にする所以でしょう。
この手の病気にかかったら、日本に帰る前に直した方が身のため。
下痢系の感染症とともに、日本じゃその辺の病院ではわけわからなくて、妙なクスリを呑まされたり、たらい回しにされ、挙句は好奇の的となり、「こんな臨床例めったにないからなぁ!」という教授に引き連れられた医大生に連日、取り囲まれた友人もいますので…。
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いつまでこんな日常、続けんだ?
遅い朝飯(昼飯)を食いにいつものようにカラバーオ食堂にバイクで向かう。
途中、なにやら客待ちのモタサイ(タクシー)のあんちゃんたちが身振り手振りで頭をたたいたりして合図を送ってくる。バイクを止めると…
「ポリス、ポリス」を前方を指差す。
おれもJもメットをかぶっていなかった。
「そこに飯食いにいくだけだから」
Jが礼を言う。
「ジャイ・ディー・ナ(いいヒトだね)」とJ。

相変わらず、混雑している食堂だが、ここで飯を食う客は少ない。お持ち帰りが大半だ。
「ボロボロで汚く見えるからだろ」というのをJが制する。
「飯はできたて、盛りたてがうまい」主義のおれは、可能な限りその場で食う。

これで75バーツ。焼き魚25バーツ。エビと白菜など野菜の酸味の強い煮物20バーツ。鶏と豆腐ともやしの炒め物20バーツ(うまい!)。ご飯一皿5バーツ。
最初の写真の黄色いポロシャツにメットのおばちゃん、紺のジャケットを着たおばちゃんのふたり組がスクムビット方面からやってきて、やっぱり「氷屋のところでポリスが検問している」と騒いでる。
スクムビット方面に向かうノーヘルや3ケツのバイクに向かって「ポリス、ポリス」と叫び続けている。なかなか義侠心が旺盛だ(笑)。
「ヒマだなぁ、みんな」と思いつつ、でも、これだからこの通りが好きだ。ここもパタヤだけど、下町風情が漂う庶民のテリトリなのだ。海の方の「国際的」繁華街近くじゃこんなことないだろう。
日本でも検問があるとパッシングして知らせて合うという連帯があったけれど、今もそんな「美しい」習慣は生きているのだろうか。特にVHF無線持ってる長距離トラックは情報通だった。
ソイ・ヌンパブワンでは検問は珍しい。これまではせいぜい、スクムビット通りとの交差点あたりまでだったが、氷屋といえば、うちからそう遠くない。週末前の小遣い稼ぎかな(笑)。ここもだんだん、住みにくくなっていくのだろうか?
飯を食ってると、いなせな腰巻(ベンガル語圏ではルンギ、ビルマではロンジ)を巻いたゲイ(かレディーボーイか)のにいちゃんが現れる。

この辺じゃ、腰巻してんのはムスリムばかりだけど、まさか、そのシナでムスリムってことはないだろう。
おれがカメラ構えているのに気づいた彼、この後、振り向いて「チンコ、透けてない?」と訊いた(らしい)。一同、大爆笑。
一応、確認して「大丈夫だ」と答え、写ったのを見せてやる。
「あら、腰がセクシーじゃないわ」と不満げでした。
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ソイ・ヌンパブワンのパン屋さん
以前に紹介したソイ・ヌンのパン屋さん。
久しぶりに行ったら、まだ、つぶれずに営業してました(良かった・笑)。
ほとんど、数ヶ月というタームで栄枯盛衰(?)の激しいパタヤなので、ちょっと心配だった。
でも、それは杞憂で、かえって商品の数も増え、店に寄ったときにはお客さんもけっこう出入りしていた。以前は揚げパン(一個5バーツ)ばかりだったのだが…。

今日、買ってみたのはこれ。左からココナッツ・アン、ハムチーズ、レーズン(一個10バーツ)
しかし、うまいといっても値段相応。
別の日にパタヤ・カン(セントラル・パタヤ・ロード)にあるTopsのパン屋で朝食を買ったが、デニッシュとかクロワッサンとか、とてもうまかった。具材の分量も味付けも外国人向け、というか、当たり前の味がした。もちろん、値段もそれなりで30バーツくらい。
一方、ソイ・ヌンのパン屋はあくまでタイ人仕様。ハムチーズなんかは、ケッチャップもマヨネーズも甘い甘い(笑)。
RITEさん、以前の記事でいただいたコメントに、「カシコン・バンクの数件先」のようなことを書きましたが、サイアム・コマーシャル・バンクの間違いでした。ごめんなさい。
さて、昨日はいろいろなことがあり、今朝も来客があったりして、ブログをちょっとサボっていました。
今夜あたり、また、昨日今日の出来事を書けたらと思います。
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「Femininity」最後の砦
日本や西洋社会、ことアメリカ合州国などでは、「Feminism」なんてものが盛んに叫ばれていたりする。辞書を見ると「女性解放論(主義)」とか、「男女同権論(主義)」などという意味であるらしい。「Feminine」という語は、「女性らしさ」とか「女性性」を表す形容詞であるが、フェミニズムってのはフェミニンを称揚し、それを仰ぐ「ism」ではなく、かえって「Femininity」を損ないかねない危険を孕んだ思想であることがわかる(ホントか?)。
実際、誤解を恐れずに言えば、「Feminism」を唱えれば唱えるほど、肝心の「Femininity」が女性たちから失われていくような気がするのはおれだけだろうか。
「肝心の」などという言い方は、それこそオトコの勝手な思いが現われているのかもしれない。しかし、どうあがいても、生理的に男はオトコだし、女はオンナであることから何人も逃れ得ないのだ。もちろん、最近じゃ性同一性障害みたいな病まで登場し、「生理的に…」なんて言い方が当てはまらないこともあるのだろうが、いまは、そこまで話を広げないでおく。
オンナたちが「Femininity」を失いつつあるとしたら、それはオトコたちがその「らしさ」や、ジェンダーにおける役割と責任の分担を担いきれていないからだし、もっと言えば、おれたちオトコが、「ダメ」で「不甲斐ない」からだろう。
一方、タイを舞台に見てみると、フェミニズムなんてものはほとんど、関心にもイシューにもならず、オンナたちはその「Femininity」全開で巷を闊歩している。では、タイのオトコたちは「ダメ」でも「不甲斐な」くもないのかというと、ことによったらその頼りなさもいい加減さもまったく日本以上であることはご承知の通りだ。
しかし、日本のオトコたちのそれとタイのオトコたちのそれは、位相も質も異なるようである。
おれたちは「オトコ」としてダメで不甲斐なく、タイは「男」としてダメで不甲斐ない。
漢字とカタカナの当ては単なるイメージである(笑)。
おれたちのダメさや不甲斐なさは「Feminism」を呼び起こし、タイの男たちのダメさや不甲斐なさは「Femininity」を呼び覚ます。
女性たちへの作用の仕方が真逆なのだ。
いまもオンナたちが「Femininity」を保持している社会は世界中に散在するが、ちょっと考えてみるといくつか共通点がある。
たとえば、「男の世間と女の世間がきっちり分け隔てられている」。もちろん、マージナルな位置は存在するにせよ、それぞれの閉鎖的な場は相互侵食が限りなく少ない。また、「母系的、または擬似的母系制を維持している」なんてのもそうだ。タイは本質的には父系的なのだろうが、子育てを軸に機能的に母系制を擬態しているようなところがある。
男女それぞれの固有なサークルに一方の侵食を防ぐとか機能的に母系制を擬態するというのは、オトコたちの無自覚で本能的な行いのなせる業ではないだろうか。
ともかく、こうして、世界中の「Feminism」に気圧されたオトコたちはタイをはじめとするオンナたちの「Femininity」にコロリといってしまう。そんなオトコたちが彼女たちにせっせと貢ぐ外資は、一見、彼女自身やその家族、ヒモをこそ、利しているようだが、実は、世界に残された貴重な「Femininity」の砦が、もっともらしい理屈や主義主張の前に陥落するのをからくも防いでいるのである。
自らの社会に「Feminism」を呼び起こすことによって「Femininity」を駆逐してしまったおれたちは、贖罪へと向かう。外側から異国の「Femininity」を支えているのである。外からも内からも支えられて、タイの「Femininity」はますます色香を増してその存在を誇示する。
そんな「Femininity」をいまも保持するタイは、つまり、ジェンダーという思想を社会・文化的にも生物的にも具現しているわけであり、だからこそ、さまざまなトランス・ジェンダーでさえも社会に包摂する柔軟性を有しているわけだ。
なんだか、自分で書いていてわけがわからなくなってきたので、この辺でやめます。
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祝! 就職
Jが新しい仕事をゲットした。
美容学校の教師から紹介されたあまりにも閑古鳥が鳴いている美容院を辞したあと、どこか「見習い」的に働かせてくれるところを捜していたのだ。
そして、従業員募集の張り紙があった美容院のうちで、新米のJを快く迎えてくれる奇特な(?)店があったので、条件云々よりも、まずは仕事をすることを優先。
場所は、またしても(?)Soi・Yume(笑)。どうもこのソイに縁があるらしい。

ハートマークのお店がそれです。

パタヤ・カン(セントラル・パタヤ・ロード)からソイ・ユメに入って、わりとすぐで、右手に出てくる。

パタヤ・カンから撮ったカルフール

カルフールとセブン・イレブンに挟まれたソイ・ユメの交差点
先日、実技テストを受けにいったJ。店はなかなか繁盛してほとんどいきなり女性オーナーのアシスタントとして働いてきたらしい。外見からじゃわからないものですね。
店は年中無休で朝8時から夜11時まで(長い!)。ただし、Jは9時から9時までで、週1日休みをくれるらしい。スタッフはJを含めて3人でオーナーの女性を合わせて4人体制。
最初の1ヶ月、働きぶりを見て給料の額を決めるらしい。チップはもらっていいのだそうだ。
まあ、タイ人の労働とその条件はおれにはよくわからないけれど、たった3ヶ月、職業訓練校で学んだだけのほとんどシロウトなわけだし、とにかくやってみればいいだろう。
半年一年、我慢して働き続けることができたら立派なもんだ。それなりに学ぶことも多いだろう。
これで、おれも少し解放される(笑)。
どうぞ、機会があったら立ち寄ってやってくださると光栄です。
洗髪や染髪、つめの角質取りとか、メイクならJにもできます。このブログを読んでくださる方は、たいてい男性でしょうから「そんなのだれがやるんだ?」と突っ込まれそうですが(笑)。
ちょっとやんちゃに髪を染めてみるなんてどうでしょう? おれもJの実験台にさせられて、茶髪です。つめの角質もまめに取られてます(笑)。
もちろん、オーナーは技術者ですからカットやパーマなんかもダイジョーブでしょう(あくまで「タイなり」でしょうけど…)。
クリックしていただけるとやる気が増します。
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