Life Goes On (パタヤ日記)

世界一邪悪な(?)街・パタヤに漂着してタイ女性の部屋に転がり込みました。日々の生活からパタヤ情報まで発信中

気になること(抄)

春はやたら風が吹いたり、雨が長々と降ったり、暑くなったり寒くなったり…。
なんだか手に負えないわがままオンナといるようで疲れる(笑)。

今日はやけに暖かかった。そんな徹夜明けの朝5時。
模範的な市民のような顔をしてゴミを捨てに出ると、こんな時間からゴミを整理し、収集所の掃除をしているおばあさんがいる。

一眠りしてから少しは部屋の整理整頓をしようとホームセンターに行く。
東京じゃけっこうチャリンカーが多く、道路交通法に従って車道を堂々と走っている。そんな中にママチャリに乗ったおばあさんがいて驚いた。と同時に少し心配にもなる。

ホームセンターの店員がやたら「よろしかったですか?」と訊ねる。
なんで過去形なんだろう?

どこでもやたら警察官が目につく。いったいかれらはシャッチョコバッタ厳めしい顔して何してんだろう。
そういえば、それ以上に警備員が多い。現金輸送車みたいなワゴンから出てきた二人組は、銃を持っていないだけでほとんど完全武装だ(笑)。あれじゃ、「大切なモノ運んでまぁす」と叫んで歩いているようなもんだ。

駅前のカフェで本を読み、たばこを吹かす。
30分くらいの間に3度も救急車が通り過ぎた。あのけたたましいサイレンは、死の隠蔽されたこの街で生きるおれたちに、どうしたって隠しきれない重要なメッセージを投げつけているような気になる。




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カプサイシンとグルタミンの麗しき連帯

いくら日本の飯がうまいと言っても、タイの食い物が恋しい。
簡単に開放的な環境でリーズナブルに豊富な種類の食材を摂れるのだから、そりゃ、魅力的だ。

ちょっと羅列してみる。
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日本だとおれのような無職者が美食を求めたら、あっという間に財布が薄くなっていく。仕方ないので、ナンプラを買い、帰国前にフードランドで買った化学調味料で肉野菜炒めなどを作って食す。
そのとき、ふと、思った。
唐辛子と化学調味料(グルタミン酸ソーダ)は相性がいい…、すばらしい。
「これがタイ料理の秘密だったのかぁ!」なんて独りごちながら飯を食った。まあ、その相性は繊細でも奥深くもないが、勢いで食うにはじゅうぶん堪える。

あのまとわりつく空気、ビアシンの味…。

また、羅列。
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どれも屋台や露店、せいぜい、ちょっと気の利いた食堂の飯です。
まあ、フツーのタイ人が一日、2〜300バーツ稼ぐとしたら、20バーツや30バーツの飯は、一万円稼ぐ日本人の1000円に相当するわけで、決して安いわけではないのかも知れない。

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あぁ、カラバーオ食堂で飯が食いてぇ…





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「終わった国」での暮らし

今日、信じられないことに、気がついたら茶店で寝ていた(笑)。
最近、2日起きて1日寝るサイクルから、だいぶ常識的なサイクルに戻ってきたのだが、それでも眠れない。3時間も寝ると目が覚めてしまう…。歳か。

茶店で読売新聞を手に取る。
一面トップは「暫定税率復活」。その横には、「FX記録、提出義務化−申告漏れ対策、 業者に」。

課税や規制の発想、それに対する世間の反応を見ると日本は完全に停滞しているということがわかる。世間知らずのおれが指摘するまでもないだろうが、成長期にある集団は緩和緩和で新しいモノ、新しいヒト、新しいカネをどん欲に呼び込もうとするものだ。それが歪みを生じさせようと格差を助長しようととりあえず、お構いなしである。
日本の歴史を振り返ったってそうだし、日本に限らずともいま、成長局面にある国や地域は必ずそうだろう。ジリ貧になりはじめるとお上は少ないリソースから搾り取ろう策を弄し、巷は目減りしていくパイを奪い合って、やっぱり歪みや格差が拡大する。

すでに日本は「終わった国だ」と20代の友人が言う。別に国が終わっていようとおれたちはいっこうに構わないわけだが、違うニュースでは20代の若者の海外旅行者が激減しているとあった。「10年で35%も減っている」と懸念を語る旅行業者のコメントが掲載されている。
もちろん、「終わった国」で暮らす心地よさもある。
が、若い連中が職にも就けず、カネもなく海外に出れないのだとしたらどうだ。だったら、それを好機に職や世間に色目を使う必要もなくなるわけだから旅もし易そうだが…。もちろん、闇雲に思い出作りの囲い込まれた海外旅行をやたらすりゃいいってもんでもないが、きっかけは何だっていい。
せっかく若いのに「終わった国」で年寄り連中の延命のために下働きさせられてるってのももったいない。


喫茶店ではジャズが流れている。Jazzの流行は今となっては「終わった国」で暮らす心地よさの表徴だ。JazzやBluesなんてものを高尚なアートとして鑑賞し、もてはやすようなセンスは、博物館で美術品を眺める感覚と何ら変わりはない。
魂を揺さぶるはずの音がBGMとしてイージーリスニングとして次から次へと聞き流されていく。ある意味、贅沢の極みだ。


最近、明治大正のころの物書きの本を読んでいる。
貧乏文士なんて自嘲する彼らの居直りは、「ニート」や「ヒモ」、「プータロー」そのものだし、かの時代、それ以前の時代はことごとく強烈な格差社会だった。戦争の恩恵もあり曲がりなりにも飯だけは皆が食えるようになってきた時代、マルクス主義やら唯物論やらデカダン、シュール・レアリズムの流入とともに、これまでのエリート層だけではなく、いろいろなバックグランドを持って、たくさんの文士が生まれた。彼らの多くが少なからず政治情況にも首を突っ込んでいた。自由民権やプロレタリア運動と文学はつかず離れずだった。
貧乏文士、ルンペン・プロレタリアート、ダダイスト、デカダン…。
名前はいっちょ前に聞こえる。要は「自称」なのだ。
みな、いい歳して親の臑をかじり女に養われ、借金をし踏み倒し、心中したり投身自殺したりしていた(笑)。ニートやヒモ、フリーター、プータローよりひどい連中かも知れない。

現代は、さも、もっともらしい社会分析のような顔をしてくだらない言説や書物をまき散らして資源の無駄遣いをする輩がたくさんいる。数字や統計で粉飾して得意そうだが、なにもあんなモノに踊らされる必要はない。ワケのわからん名前をそんな連中やメディアから授かって唯々諾々としている必要などなおさらない。

おれたちも何かもっともらしい名前を自ら称することからはじめた方がよいのかも知れない。おれは少なくとも「浪人」気取りである(笑)。「浪人」なんていうと受験とか人斬り包丁ぶら下げた維新の狂信者ばかりがイメージされるが、どちらの同類であるつもりもない。

「終わった国」で暮らすには、相当な居直りも必要だ。
じゃないと、これから先、おれたちはもっと面倒なことに次々巻き込まれざる得ないような、そんな気がする。





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日本(東京・JR新宿駅ホーム)
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タイ(バンコク・サイアム)
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バングラデシュ(市町村レベルのバススタンド)
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日本(中央線沿線駅の商店街)
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タイ(パタヤ・ナクルアの海鮮市場)
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バングラデシュ(とある農村の中心街)
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そろそろ

移行を考えはじめました。

とりあえず、トライアルとして、下記ブログをはじめました。より、アーカイブ的なモノにできればと思っています。
本ブログと併せてご覧いただけたら幸いです。
「症候」群 http://jahwave.blog116.fc2.com/

また、実は英語の練習にこんなのも時々更新しています。
タイ・パタヤ便り http://pattayanews.blog46.fc2.com/



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「風」なおれ

とあるシンガポーリアンの友人がヨガに凝っている。
5年来だそうな。

ヨガには人体を風、火、水など、何種類かの特徴的要素によって分類するらしい。
彼女によるとおれは「バータ(風)」。

「風」なおれは、情熱……熱さが足りないという診断。

「赤い肉を食いなさい」といわれた。
このおれに「情熱」が足りないとは(笑)。まあ、確かに引きこもり系の精神構造ではあるのだが。わかるようなわからないような……。



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茶飲み話

いつも駅前の茶店に行く。
この界隈は茶店がたくさんあることで有名らしいが、おれは最近、ほとんどここだ。
サンマルク・カフェというチェーン店なのでコーヒーは安い。しかし、ドトールよりはうまいような気がする。ドトールは小さな店が多くて、どこも空気がこもっているような印象が強いが、ここは通りに面した側が開放されていて心地よい。
コーヒーのMサイズとチョコの入ったクロワッサンで400円。百数十バーツってとこだろうか。おれはチョコとパンの組み合わせが好きで、時々、板チョコを食パンに挟んで食っている(ちなみにパンは焼いて熱い方がよく、板チョコは冷えてカキッと固い方がよい。バターをたっぷり塗ると尚のことよい)。是非、お試しあれ(笑)。


今日、この茶店で50がらみのおじさんに話しかけられた。隣の席で小さなメモ帳を手に黙想していたおじさんが、おれの聴いていたi-podに興味を持ったのがきっかけのようだ。おれは柄にもなく英語のお勉強などをしていたので、podcastについて説明すると、「東芝のワープロを愛用して」いてPCも持ってないし、ネットもしたことがないという。おれなんか、PC中毒、ネット中毒だからちょっと新鮮だった。
そのうち、なぜか世情の話になり、おじさんは次第に熱のこもった表情で「今の日本はだめです」「ゆがんだ資本主義を正すためになにかしたい」と若者のようなことを言いだし、また、中国が共産党支配の人民共和国といっても、それは時代の要請に合わせた擬態であって、本質的に中国はいつの時代も皇帝制による人民への不信と服従の要請の上に成り立っている国なのだということを理解してあげないと、現在の中国を見誤るとかなんとか言っていた。なにやら、インドとヒンドゥ教にも興味があるらしい(笑)。ヒンドゥ教やインド的価値観がいかに今の日本に必要かを説いてくれた。

「何か鬱積しているのは若い連中やおれたちばかりでもないんだなあ」と思った。
なかなか博識なおじさんだったが、つい先入観も働いて、世代的に「旧態然とした枠組みとかイデオロギーとか囚われたタイプかも」と構えてしまっていた自分は質が悪い。

しかし、どうなんでしょうねえ。多かれ少なかれ「同時代」の情況にはだれもが不満を持つわけで、だれもが政治や経済について評論家のように語るのは日本に限ったことでもないが、いつでも、おれたちの議論は国家や体制と郷土というか地域やコミュニティ、そしてそこで暮らし、暮らすヒトビトの境界が曖昧なまま、全部ひっくるめて「「日本は…」とされているような違和感を感じるさせられることが多い。

だから、おじさんの話題も「不満」という点では明確だが、「なにに」ということになると曖昧であり、論点は定かでなくなってしまう。
そして、各論のレベルでおじさんとおれの考え方や理解にはきっと大きな隔たりがあるはずだが、おれたちの会話においてその前提は確認されずぼかされたまま。「気分」的な共感や同意だけが拠り所になっている。
いや、もちろん、「たかが茶飲み話だろ」といわれればそれまでなのだ(笑)。しかし、振り返ってみればおれたちは茶飲み話に限らず、いつでも、こうやって「気分」を土台にした議論を展開し、交渉を行い、演説を聞かされているようにも思う。
そんな言葉のやり取りは、記憶に定着せずいったい何のハナシだったのか、すぐ曖昧になるものだ。


閉店のアナウンスに促されて店を出るとき、おじさんは「よく来るの?」と訊いた。よく来るもなにも最近は毎日なのだが、「じゃ、また、お話ししましょう」といわれて少し気が重くなってしまった(笑)。
日常的に茶店で行き会った者同士が茶飲み話をする世界でならなんてことはないが、ここでは茶飲み話ひとつも気安く楽しめないなんて、おれも病んでるもんだ…。



茶店に通う道すがら
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節約生活

自分で書いたらバターパンに板チョコを挟んで食いたくなった。バターを買いに行くとぜんぜん売ってない。こういうことになってたんですねえ。知らなかった。
http://www.j-cast.com/2008/03/25018225.html

記事を読んでみて、菓子店経営者の以下の台詞にびっくり。
「バターが手に入らない。無策な政府に怒りを覚える」。
失礼ながら、そんな台詞しか吐けないヒトはいい機会だから店をたたんだ方がいいかも知れない。

「職がない。無策な政府に怒りを覚える」
「飯がない。無策な政府に怒りを覚える」
「金がない。無策な政府に怒りを覚える」
「夢がない。無策な政府に怒りを覚える
「愛がない。無策な政府に怒りを覚える」

この人の論理なら、なんだって通用するだろう。
いや、もしかしてメディアがそう誘導しているだけなのかも知れない。実際、こんな短絡的な台詞を身近で聴いたことないし(笑)。
それなら精一杯、寛容になって、土井健郎の「甘えの構造」を読むことを勧めたいところだ。


ところで、最近、Jは一生懸命、節約して生活しているらしい。
電話で自慢げに「今日はまだ60バーツしか使ってない」とかいう。「ドリアン食べてるとそれだけで満腹で食費が抑えられる」らしい(笑)。

褒めると、返す刀で「あんた、いくら使ったの?」とかいわれると、ちょっと答えに窮する。なにしろ、日本の物価は高い。飯食ってコーヒー飲んでたばこ買ったら、軽く300バーツを超える。

それにしても、世の中、収入なく年金やら貯金やらで生活しているヒトもたくさんいるだろうが、拭いきれない精神的な窮屈さがあるだろうと察する。この1年、おれもただカネを使うだけの暮らしをしてきたが、有限の資源(貯金)が枯渇していく様を眺めつつ日々を送るのは、言い難い不安もつきまとうモノだ。
しかし、石油とか天然資源だって同じなんだろうが、そこに実感が伴わないのはしかたないハナシだ(笑)。

おれはまだ40だから、まったく働き口もなくその可能性もないということにはならないだろうが、これが60,70という年齢で、もう、働こうにも働けないとなったら、どうだろう。いまや、下手に健康だとおれみたいな人間だって80くらいまで楽に生きかねない。

もちろん、死ぬまで遊蕩しても全然ヘーキというならいいがね。


一方で、明治大正の貧乏文士たちだが、カネを懐にするとそれがつきるまで遊蕩三昧である。カネがつきてから金策をはじめる。しかも一発勝負的な山師的方法ばかり模索する。そして、当然のことながら失敗する。家賃は滞納、借金まみれで女房こどもには逃げられる。
そして、その顛末を赤裸々に書いた作品を原稿用紙一枚いくらで売って、どうにか一息つく。
いやー、ホント、心底見倣いたいモノだが…。
今の世の中、家賃なんか滞納したらすぐに追い出されるだろうし、そんなヤツには誰も金なんか貸してくれるとも思えない(笑)。


呑気なJは、「また、たこ焼き屋やって暮らそうよ」という。
彼女もそれなりに楽しかったようだ。もちろん、おれも楽しかった。でも、あくまで時限的な楽しみだ。コン・タラートにはなりきれなる自信はない。まして、1万バーツ2万バーツで、死ぬまでたこ焼き焼きながらビア・レオ飲んでは暮らせない。

そう思うと、別に社会ではなくおれが病んでるワケで、しかもきっとおれだけじゃない。おれたちが病んでるから社会も病んでるのだ。
まあ、「鶏が先か…」みたいなハナシなんだろう。



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「パラノイド・パーク」と「愛おしき隣人」


帰国してはじめて、劇場で映画を観た。贅沢にも2本。
渋谷はものすごい人出だった。考えてみればゴールデン・ウィークなのだから当たり前か。

一本目はガス・ヴァン・サントの「パラノイド・パーク」。
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高校生である思春期の主人公が、微温的で自己完結的な学校という閉鎖的世界から、外の世界を知っていく過程で偶然ある事件を引き起こし、開かれていく世界を彼にとってより複雑で困難なものにしてしまう話。
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しかし、サスペンスはあくまで副次的な要素だ。あくまで主人公の内面がテーマであり、撮影も音もそこに焦点を合わせて構成されているし徹底的に彼に寄り添っている。ハラハラ・ドキドキのアミューズメント的体験を期待するべき映画ではない。
音も懲りまくりだが、撮影がすごい。正方形に近いような映画というよりテレビのようなスクリーンが、その心象から目をそらすことを許してくれない。余計なものは巧妙にそぎ落とされているし、徹底的にぼかされている。カメラワークには漂うような浮遊感がありながら、曖昧さはない。「エレファント」以降のガス・ヴァン・サントの作品を観ていないが、「エレファント」から基本的な演出と撮影のテイストは変わっていない。
しかし、今回の撮影はウォン・カーウァイの盟友、クリストファー・ドイルが担当しているだけあって、より個性的でもあり、かつ、美的にもすばらしい。
が、研ぎ澄まされているだけに、少々疲れるのも事実だ。



続いて、ロイ・アンダーソン「愛おしき隣人」
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相変わらず作り込みがすごい。エピソードの集積がそれぞれ少しずつ関連性を持っているのだが、ただそれだけ。まとめのような展開には決して至らない。しかし、ひとつひとつがとぼけていて、幻想的で、かつ、どこかリアルでもあり、目が離せない。
「パラノイド・パーク」がリアリティにこだわった映画だとすれば、こちらはフィクション性を徹底させることで、現実をかいま見せようとする。
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相変わらずシュールでシニカルで、やがて哀しいが優しさもある。相変わらずというのは、数年前の「散歩する惑星」という作品を念頭に置いてのこと。これも見事な映画だった(ちなみに邦題も秀逸だと思う)。


タイじゃこんな映画はゼッタイ観れない。なんでもかんでも商品として消費する大東京ならではのこと。今日は素直に感謝しておこう。どちらもいい映画だった。



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出生率の低下が持つ積極的な意味

一ヶ月ほど前、桜が満開だった同じ場所が、今は緑一色になっている。
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今日はちょっと風があったがとてもいい天気で、むせ返るような緑のにおいが充満していた。このあたりはおれのアパートから歩いてすぐ。普段、こんな界隈に住んでいるので、昨日ように渋谷に出たりすると妙に疲れる。

和田堀公園や善福寺川公園は連休最後の日をくつろぐヒトビトで賑わっていた。家族連れも多い。家族連れを眺めながら、数日前に見た記事を思い出した。

子供、27年連続減少 過去最低1725万人 総人口の13・5%−世界最低水準

確かにアジアの国々から帰ってくると日本のこどもの少なさに驚かされる。

誰もが言及することだが、「こどもが少ない」ってのは社会の強度が低下しているってことだし、社会、そしてその成員が病んでいるってことだろう。
その分析や評価にはいろいろな切り口があるだろうけど、ただ、おれが思うのは「できないようにヤル」ということに関してだ。もしくは、もっと進んでいて(?)「ヤラない」のだろうか。または、「欲情しない」?

電車に乗れば、吊りモノ広告はエロに関する内容が多く、書店やコンビニではそんな雑誌が所狭しと並んでいる。そして、繁華街には性を処理してくれる便利な店もたくさんある。武勇伝を綴るブログ、海外のエロ情報を発信するサイトにはたくさんのアクセスがある。
時代は変わっても、新しいメディアを牽引するのは常に「エロ」だ。
だから、「欲情しない」わけじゃないだろう。やっぱ、みな「できないようにヤッ」てる、または、ヤらないで「処理」しているわけだ。

これは、ある意味、節度があるといえないだろうか(笑)。頭の中が真っ白になって、後先考えずオンナにしがみつき、挿しては腰を振るなんて卑しいことを、現代日本人はしないのだ。
おれはそのあり方を病んでいるとも思いつつ、他でもない日本におけるそのような身の処し方は賢明かつ、革新的であるとも思うのだが、どうだろう?
または、少なくとも全体性が持つ平衡感覚に添った選択であるといえる。

それは昭和の初年代に辻潤が「この時代に子供を作るヒトの気が知れない」とその著作に記し、戦後、深沢七郎が「滅亡教教祖」を名乗ったことと通じる。
もちろん、傑出したふたりはヒジョーに挑発的な物言いをしていたわけで、その言わんとするところの本質は、出生率の低下を危惧する人たちも気づいている「事実」をちょっと過激なコトバで指摘したに過ぎない。

そう、そして、こうしたヒトビトの選択は、究極の行動的平和主義だ。平和なんて叫び合ったって訪れない。節度のない人間が、節度のない人間と対峙したら、さらに騒がしくなるだけだ。
しかし、この「できないようにヤル」節度を持ったヒトビトの群れが導き出す結果のなんと、静謐に満ちていることか(笑)。
いやぁ、いくら「脳みそ筋肉」のヒトたちが、あれこれ画策して怪しげな旗を振ってもね。年寄りばかりじゃどうにもなりませんわなぁ(笑)。


連休最後の日を慈しむように過ごす健全なヒトビトに混じってこんな不健全なことを妄想しているわけで、どうもスミマセン。




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かなり最悪の体験

なんだかさっきから、よく揺れる。地震です。だらだら長い揺れでしつこい。


ところで、昨日、健康診断を受け、生まれて初めて内視鏡検査というのをやった。

「以前に受けられたことはありますか?」といわれて、そもそも、内視鏡がなんのことだかわからなかった。聞き覚えのある「胃カメラ」という説明で理解するとともに、ぞっとした。

なんだか怪しげな液体を飲まされ、喉がしびれてくると個室に呼ばれる。
若い看護師と技師が満面の笑みで迎えてくれる。ふたりとも女性だ。こどもをあやすようなしゃべり方でベッドに誘われ、左脇を下に横たわる。よだれかけが与えられ、口元には銀色のトレーがあてがわれて準備完了。
技師がエイリアンの触手のような黒くて長いものを持ってくる。これが入るのかと思うと少し気が遠くなった。先端はごまかしのように細いが、胴あたりは結構太い。ラバーのような素材なのだろうが、黒はやめて欲しいと思う。なんだか、威圧的だ。
なぜか、オンナの初体験に同情する。きっと、今のおれのようになにもかも上の空なのだろう。

「はぁい、入りますよ。チカラを抜いて楽にして…。むせたり吐こうとすると余計つらいですからねぇ、はぁい、食道が見えました、きれいですねぇ。異常はありませんよ。苦しいですか?…がんばってくださいねぇ。胃もいいですよぉ。少し、内容物を吸い取りますねぇ。きれいなピンク色です…まったく異常ありません。はぁい、胃の下の方も見ていきましょう。出口のあたりに少ぉし炎症がありますねぇ。でも、ダイジョーブ。ぜんぜーん、正常の範囲でぇす。では、十二指腸に入っていきましょう。大丈夫、あと20秒くらいですからねぇ。がんばってくださぁい…中略…はい、最後に胃の上部を見ていきますからねぇ。ちょっと苦しいかも知れませんが、がんばってくださーい。ホントにもう少しですからねぇ」

てな、カンジで延々しゃべりながら、しかし、すごく冷静に冷徹に管を押し込み引っ張りモニターを凝視している。

不快感もさることながら、「最悪の体験」と感じるのは、気持ち悪かったからというよりも、大げさに言えば、蹂躙されたようなカンジ、犯されたようなカンジがそう思わせるのだ。技師のしゃべりも良くない。口車に乗せられて部屋についていったわけでもないのに、あの胡散臭いしゃべりにごまかされ、だまされたような気までしてくる。

すべて終わったら、悄然と疲れてしまった。

とにかく朝からなにも食ってないし、カメラのレンズを遮る内容物は吸い取られてしまったので腹は減っているのだが、病院を出てからも食欲が湧いてこない。

まったく、歳食ってくるとロクなことはない。



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スコータイ

今週初め、Jはスコータイに帰省した。
実家にはばあちゃんがひとりで暮らしているのだが、男と別れた叔母が息子2人と娘(ちなみに別れた男はこどもたちの父親ではない)を連れて戻ってきていて、廃屋同然のあばら屋はずいぶん賑やからしい。

ここは母方の実家である。
以前にも記したがJの父親は彼女が若い頃に亡くなっている。その後、Jはここで祖母の手で育てられた。耕作地もなく、母は各所で土方仕事をしたり農業労働をしたり行商をしたりして、Jと祖母の暮らしを支えた。
母には5人ほど兄弟姉妹がいるようだが、やはりみな貧しい。

そのうち、母は新しい男とくっついてJには13も年の離れた種違いの妹ができた。その妹は早くも高校の同級生と婚約し、母、妹、その婚約者は実家から少し離れた街に部屋を借り、一緒に市場で露店をやっている。
この一家の父親もまったく裕福ではなく、母と一緒に行商をしたり、大工仕事をしたり漁をしたり季節によって仕事がころころ変わる。定職がないのだ。そのくせ、新しいオンナがいるとかいないとか(笑)…。最近じゃ、Jは彼をずいぶん嫌っていて、そんな男にくっついて祖母やJのことを顧みない母のことも悪く言う。

Jは中学を卒業するとバンコクに働きに出たり、ピッサヌロークの親戚に預けられて働きながら高校に通ったり、ガーメンスを営む家の息子に見初められ半ば使用人のような扱いを受けながらその家族と同居したりして10代を過ごした。

まともな家庭生活を送ったことがないから、彼女は余計に家族への思いが強い。家族団らんみたいなものに対する憧憬にも似た感情なのだろう。でも、母の新しい家族は自分のものではないという疎外感も強い。幼い頃、一緒に過ごした祖母が今も変わらぬ彼女の愛の対象なわけだが、それが報いられているかというそうでもない。
祖母にはこどもも多く孫となったらメタクソ多い。Jにとっては唯一の祖母だが、祖母からすれば、Jは「One of Them」なのかも知れない。ましてスコータイから出たこともなく齢80にもならんとする祖母がJの思いに打てば響くように応えてくれているようにも思えないし、共有する具体的なナニかがふたりの間に存在するようにも見えないのは無理もないことだ。


そんな一族郎党の中でJは唯一の街のヒトになり、洗練された「きれいなオネーサン」になった(あくまで家族と比較してのハナシだけど)。彼らがJをどう見ているか以前に、Jは血縁の前ではそう振る舞う。それはJのプライドであり矜恃でもある。
Jは偉そうな顔をして「I am manager in my family na」などという。確かに超のつく田舎者揃いの血族だが、おれから見ると、Jがブレインではまことにどうにも浮かばれない(笑)。



ところで、今にも朽ち果てんとしている実家は一生苦労してきた愛する祖母が余生を送る場である。また、今は叔母も家族を連れて戻って来ている。母だっていつ、妹の父と別れて戻ってくるかもわからないし、他にも食うために外に働きに出ているが、戻ったり出たりするメンバーがいる。もちろん、J自身にとっても、かけがえのないふるさとである。
現実的な生活レベルでは女系制ともいえるタイ社会で一族の大黒柱である(?)Jは、自分が音頭をとってなんとか、家を修繕、または建て替えたいと以前から思っていた。

じつのところ、今回、Jはそのために帰省した。
イサーン出身の友人が、一族みなで金を出し合い、自分たちで少しずつ作業して3年がかりで家を建て直したハナシに触発されたのだ。「メンバーはたくさんいるし、叔父や叔母は土方や大工仕事を知ってる。自分たちだってできる」と思ったらしい。「早くしないとばあちゃんが死んじゃう」と。
帰省する前に相談(無心)されて、実際にハナシがまとまったら、おれも助力することを約束させられた。

しかし、結果は惨敗(笑)。勇んで出かけ家族会議を招集したものの、誰も手を貸したがらず、金を出すなどもってのほか。「貧乏暇なし」なのだ。挙げ句の果てには疑心暗鬼の詰り合いがはじまり、叔父・叔母・Jの母の間で大げんかになったとのこと。

「気にしないでいいから帰りなさい」。祖母にそう言われて、Jは失望したまま、ついさっき、バンコク行きの夜行バスに乗った。

逐一報告されて、まったく、今月も電話代が高そうだ…。



ところで、帰省するたびにJは祖母のために米を一俵(ちょっと何キロか忘れましたが)買うのだが、前回おれと行ったときに760バーツだったものが1,500バーツに高騰しているとのこと。「銘柄を間違えたんじゃないのか?」と言ったが、「ばあちゃんの食う米の銘柄は間違えない」とのこと。

なんかあったんですかね。サイクロンの影響?
「おいおい、タイ、大丈夫か?」と思ってしまった。




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MId Life Crisis(中年の危機)

「English as Second Language」というPod-castの教材がある。
Webサイトもあるし、お金を払ってプレミアムコースなどというのもあるらしいのだが、そっちの方は確認していない。iTUnesにデフォルトで入っていたので、そこからダウンロードできる素材をi-podに入れてときどき聴いている。

各素材はだいたい15~20分程度で、トピックについてまず、非常にゆっくりと会話や朗読が行われる。次いで、出てきた単語や言い回しなどについて解説があり、最後に通常のスピードで最初の会話、または朗読が繰り返される。

英語の公的資格を取るためのお勉強にはあまり向いていないのかも知れないが、この無料の素材はそんなに高度ではないし、ちょっとおちゃらけたところもあって、バカバカしく楽しい。それでいて、なにより、勉強をしている気になれるところがいい(笑)。


今日、聴いた素材は「Mid-Life-Crisis」というテーマ。中年の危機だ。
ある奥さんが友人の男性に自分のだんなのことを相談をしているという設定。「最近、妙にふさぎ込んでいたと思ったら、突然、新しい高価なスポーツカーを買ったりして様子がおかしい」という彼女に友人は「そりゃ、やばい兆候だ!」という(なにしろ、全体で15分程度だから展開が早いのだ・笑)。「おれの兄貴は離婚して若い娘と付き合いだし、ロック・バンドをはじめた」(極端!)とかなんとか。

まあ、ともかく…そんな小話のようなモノを聴きながら、「あぁ、おれも、ただの中年の危機に遭遇しているだけなのか?」と思ってしまう。別に命名はなんでもいいんだが、カタチは異なれど誰もが通過するのであるならば、もう少しスマートな対応をしたかったと思う。
精神的な混乱と逃避傾向はすでにケリがついたような気がするが、そのことによって現実生活に与えた影響の尻ぬぐいがまだ終わらない。
具体的なことは、もう少し情況が明確になってから整理して書きたいと思うが、昨日、尻ぬぐいのもっとも大きなヤマを越えた。ヤマ場はまだいくつか残っているが、すでにある種の居直りが出て来ているおれには、たいした問題ではない。

だからといって、具体的な将来が見えているわけではないんだが、かなり痛い目にあっても相変わらずおれは「先が見えない」ことにワクワクし、ゾクゾクしているのだ。





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ドキュメンタリー映画「ブリッジ」

ビデオ鑑賞。
監督:エリック・スティール
サンフランシスコ・ゴールデンゲートブリッジで自殺するヒトビトを追った作品。

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テーマを絞ったことが成功でもあり失敗でもある。
もちろん、「橋からジャンプするヒト」というアイディアがすべてであり、そのアイディアゆえに作品として成立した。

しかし、そのアイディアは深化しないまま、橋とそこから身を投げるヒトを捉えた衝撃映像だけに収縮し、他に観るべきところもない単なるキワモノ映画として成功を矮小化してしまう。
ゴールデン・ゲート・ブリッジという象徴、映画的にいうなら「モノリス」が圧倒的にでかくなりすぎて、作り手は完全にそれを持て余している。残された遺族や友人、自殺に失敗して生き残った者へのインタビューは焦点が見えない。

まあ、考えてみれば、自殺とは手段が問題なのではない。具体的な手段の如何に関わらず、自殺という行為そのものが問題なのであり、その過程が問題なのだ。それなのに、この映画は、当たり障りのない動機論に終始し、ステロタイプな自殺志願者像を観客に与える。

ふと、キアロスタミの「桜桃の味」を思い出す。
「おれを殺してくれ」と頼んで回る男の話だ。手段も特異だが、作り手はその特異さに流されない。フィクションなのにココロにずきずきくるリアリティがある。「ブリッジ」は実在の人物の自殺を描いているが、なんとステロタイプで薄っぺらいことだろう。もしかしたら、現実とは、実在の人のココロとはこの程度なのかも知れない…、いや、やっぱ、そんなことはないと思う。


「ブリッジ」は、ココロの闇に立ち入ることなく、自ら選択したモノリスに引きずられて、襲撃映像へと逃げ込む。

センセーショナルなワン・アイディアを作品化するにあたって、作り手は言い訳を用意したかったのだろう。インタビューはまさにこの映画の作り手による「製作意図」の説明となっている。
かなりできの悪い言い訳である。さらに意図的に構成をばらしたり交錯させたりして、橋のショットを挿入する。そりゃ、映画「ブリッジ」のモノリスなのだから入れたいのはわかるが、ほとんどの場合、編集意図が見えない。

もう、ここまできてしまうとどうしようもない。いっそのこと、もっとカメラをたくさん使って、自殺者が橋に現れてから飛び込むところまでだけの映像で一本の作品にした方が良かった。
そんな度胸と潔さ、覚悟もなくて、こういうテーマの映画を撮っちゃいけない。

おれは別に自殺者を止めもせずにカメラを回していることを非難したりする似非人道主義者ではない。それより、この映画の迎合的で中途半端な姿勢が鼻につく。
まあ、とにかく、サイテー、最悪の部類に入る映画だった。





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働きます(5日間限定)

明日(正確には今日か)から金曜日まで一週間、働きます(笑)。とりあえず、期間限定。
10、11日は渋谷でタイ・フェスティバルという情報もいただきましたが、準備に追われてやっぱり行けなかった。


ところで、いわゆる日本的、日本人的美徳や道徳を少々、欠いているおれだが、それでも日本人なので、そんな徳を持った人たちに囲まれ育ち、その人たちが維持し育んできた社会で育った。ここがおれにとってもスタンダード、基準点である。
自分ができないことややりたくないことでも、フツーの人たちはちゃんとやってくれる。それがおれにとってスタンダードなのだ。すごいことだと思う(笑)。そして、おれみたいなヤツが一番、この国から恩恵を受けていると思う。全員、おれみたいなヤツばかりだったら、ソフトもハードも南アジアや東南アジアと変わらない状態になっているだろう。
だから、おれにとって、この国で暮らすということはとても贅沢なことだ。ただ、同時に困った矛盾でもあり、それ故に困難でもある。

まあ、今はせめて、ちゃんと周りに合わせ日本人らしく振る舞い、おとなしくしている。
思い出してみれば、インド人やバングラデシュ人も日本に来るとほとんどのヤツが勤勉で礼儀正しい節度を持った模範的な市民になる。しかし、当然ながら、その変化は時限的かつ空間的にも限定されていて、彼らは自国に帰るとたちまち「正しい」(笑)インド人やバングラデシュ人に豹変する。

考えてみるとおれも同じだ(笑)。一歩、この社会の外に出ると人格が豹変する。きっと、多かれ少なかれ、誰もがそうなのだろうが、不思議なモノだ。社会なんて実態のない不確かなモノのようでいて、見えない意志や妙な強制力を持っている。


帰国して2ヶ月。しっかり適応している気になっているが、それはあくまで私生活でのこと。仕事となるとハードルが一段上がるだろう。わずか5日間とはいえ、今後のためにもけっこう重要な5日間なのであって、へまをしないように気をつけたい。
それよりなにより、今晩眠れるのか、朝起きれるのか…心配だ(笑)。






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やるせないカンジ

しんじつ ひとは たへがたし
まことあるもの なほさびし
ひととうまれし なほかなしかれ

北原白秋が辻潤に贈った詩だそうだ。


その意図と意味からはズレているのだろうが、スーツを着て手がかじかむほど寒い青梅街道を自転車で都心に向かい、はじめて会うひとたちに囲まれて、A4サイズの紙をめくったりひっくり返したりして一日過ごし、不思議な色に染まった日没直後の曇り空を眺めながら西に向かって帰途についたとき、この詩を反芻する。
行き交う不特定多数のヒトビトではなく、ある種の現実的な関係が自分と間で成立する大勢の人と時間や空間を共有したのは久しぶりだった。脳みそへの刺激、情報のインプットが過多になってしまって、疲れたのだろう。
「日本人ってば…」というか「人間てば…」という、毀誉褒貶とはまったく関係のない、ちょっとやるせない気分になってしまったのだ。
それに天気も良くなかった(笑)。

おざなりですが、今日は寝ます。


Jからは「どうだった、タムガーン?」と早速電話がかかってきた。彼女は先月の給料をもらったそうだ。金額にして1,102バーツ。給料といっても歩合で、自分が受け持ったサービスから得た代金の40%ということになったらしい。つまり、35バーツのシャンプー&ブローをすれば、14バーツがJの取り分ということだ。なお、チップは別。




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お水妄想

街で降る霧雨はきらいだ。

霧とも雨ともつかず、降っているのか舞っているのかわからないような霧雨に包まれて樹林帯なんかを歩くなら、木の葉のぬれたカンジやぬらぬらと光る苔むした岩は豊穣さの象徴のようで心地よい。しかし、都会ではそれがただ、うっとおしいだけのものに感じられるのはなぜだろう。なにもかもおっくうになる。
南国のスコールは街でも田園でも、浜辺でも森でもどこか楽しげなのは、あの勢いと潔さがそう感じさせるのだろうか。一服の涼というカンジもあるのがいい。せめて、雨はあのように降って欲しい。

雨合羽もないので、今日はやむなく電車に乗った。しかし、だめだった。おれは通勤電車に乗ってはいけないヒトのようだ。あれはおれをあまりに憂鬱にさせる。
それにしても、おれが働き出した途端、こんな天気なのはなんの因果だ(笑)。



さて、本題。
Jは友人がどんどん疎遠になっていくと嘆く。確かにおれが彼女の周りをうろちょろし始めてから、日ごと、彼女の友人がうちを訪ねてくる頻度が鈍り、以前ほど彼女の電話は鳴らなくなってきた。
いったい、どういうことなのだろう?

パタヤで形成されるタイ人(特に女性)の人間関係は、当然、仕事のつながりによって生まれる。ほぼ、みんなよそ者でいろいろな意味で地域差が大きいから、共通項は仕事しかない。お水から足を洗うということは、お水たちが形成するサークルからも足を洗うということを意味するのかも知れない。

Jが説明するところによれば、オトコができるということは、オトコに「have」されるということだと。オトコがいて自分で稼いでいない友人には「借金依頼」はできない。だからみんな疎遠になっていくとのこと。なんてわかりやすいんだ(笑)。
友人ってそれだけか?

ただ、理由はともかく、実際、最近でもJと曲がりなりにも付き合いがあるのは、韓国に嫁いだ妹のところにボーイフレンドと一緒に出稼ぎに行ったYと、ドイツで出稼ぎ中のタイ人のダンナがいるNくらいなのだ。ふたりとも「足を洗った組」ということになる。


ここからは、おれの勝手な夢想。

公共のセーフティ・ネットなど通常、存在しない第3世界では、血縁こそ最大のセーフティ・ネットである。しかし、お水をしにパタヤまでやってくるようなオンナたちの血縁は当てにならないからこそ、彼女たちはパタヤに来る。
きっと、お水コミュニティというのは、ぎりぎりの擬似セーフティ・ネットでもあるのだ。「ぎりぎりの」という意味は、「なにがあってもお互いを見捨てない」ような強固な関係ではないから。そして、足を洗った者は否応なく切り捨てられる。きっと、そんな者とまで擬似的関係を維持し続けるほど、お水たちに余裕はない。

ただ、そんな対応は非情だけど、限りなく優しくてストイックでもある。抜けた者への「もう戻るな」という強いメッセージでもあるような気がする。
だから、お水に戻ればまた、揶揄されたり、「やっぱり」とか「それ見たことか」という扱いを受けても、歓迎される。

なあんて、キレイごとのような解釈ですが、はたしてどうなんでしょうか?


という、おれの勝手な夢想から連想するに、Jはいろいろな意味で過渡期にあるのだ。
「マイ・ミー・フレンド」と嘆き、「マイ・サヌック」とぼやく彼女にとって「コン・タマダー」(Jの言い方)の壁は厚いだろう。その難しさは説明が難しい。が、いうなれば、彼女たちは得てして「こどものよう」なのだ。こどものようにずる賢く、こどものように世間知らずである。
そう考えると、おれもいま、「はい、さよなら」ってわけにはいかないような、妙な義務感というか責任感を感じさせられてしまって、少々、気が重い。「なんか、面倒なもの背負いこんでしまったなぁ…」というか(笑)。





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モノに囲まれて

すっかり更新をサボってしまいましたが、とりあえず一段落。



昨晩はすっかり酩酊し、今日は休みらしく過ごす。
せめて掃除でもと始めてみて思う。「暮らしってのはモノを溜め込むこと」だと。このアパートを借りたとき部屋はほとんどがらんどうだった。掃除もしやすかった。しかし、わずか数ヶ月でこれだ…。

世界中にはほとんど余計なモノなど持たずに生きているヤツらがたくさんいる。持ちたくても持てない者、あえて持たない者…、彼らの持たない理由はさまざまだが、そこには軽やかさと潔さがある。
一方、おれたちは未練たらたら、せま苦しい部屋にぎゅぎゅうモノを詰め込んで生きる。
それはいわゆるモノだけじゃない。下手すりゃいろんなものにがんじがらめだ。


希わくば、おれも旅人のように狩猟民のように一生を送りたいと思うが、なかなか、そうもいかない。

だから、一生に一度くらい、頃合いを見計らってすべてを捨てるのがいい。
そんなつもりではなかったが、せっぱ詰まっておれは「すべてを捨てる」に近いことをした。しかし、かえってなにもかもが拡散してしまったような気もする。

別に、PCのようにリセットしたり初期化したいわけではない。もっとあいまいで気分的なものだ。




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誇り高き「おバカちゃん」

中東系のボーイフレンドがいる美容院のオーナーはデブだ。中東系の連中は肉感的なオンナが好きだが、オーナー女史はちょっとその範疇を超えている。オーナー女史が店に現れるときはたいてい機嫌が悪い。きっと、いいセックスをしていないのだろう。
もちろん、ボーイフレンドも当然のごとくデブだし、お互いあれじゃ仕方ない。

数日前、彼女が店の前に車を乗り付けて、スタッフを呼んだ。トランクの荷物を運ばせるためだ。小さな美容院にはスタッフが5人もいる。全員、車に駆けつける。

Jは駆けつけなかった。荷物は大した量ではなかったからだ。
しかし、店に入ってきたオーナーに頭ごなしに怒鳴られた。
「スタッフはあたしが呼んだらすぐ来なさい。あたしはオーナーなのよ!」ってな具合だ。

Jはこの店のスタッフになったつもりはない。あくまで身重のAの手伝いをしているのだ。ついでに仕事を教えてもらう。給料ではなく歩合をもらっている。出勤時間も曜日も自由だ。
さすがに反抗はしなかったようだが、すっかり店に行く気が失せた。

翌日、JはAに「あんたのボーイフレンドが店を買い取って、あんたがオーナーになったらまた働く」といって手伝いを辞し、新しい店探しをはじめた。


そして、明日からパタヤ・カン(セントラル・パタヤ)のとある店で働くことになった。その店はカットが250バーツと高い。ソイ・ヌンとは大違いである。
「少し高級な店で働きたかったの」とJは少し得意そうだ。
従業員募集の張り紙を見て飛び込みで尋ねると、「どこの学校行ったの?」「なにができるの?」といろいろ訊かれた。公立の職業訓練校で3ヶ月のコースを終えただけであること、カットはできないことを伝えると「じゃ、電話するわ」といわれた。
「このままじゃヤバイ」と思ったJは、「やってみせるから、ダメならダメと言って」といってその場で実技試験をしてもらい、なにを気に入られたのか採用ということになったという。

「おまえ、少しくらいイヤなことがあっても我慢しろよ!」。

そんな台詞が脳裏をよぎる。おれもあまり我慢できない方だが、彼女たちはおれ以上だ。
もちろん、住んでいる世界によっては、そんな台詞があまり意味をなさないこともある。通用しないというよりは、我慢したって報いがない。得るものがない。
「世界」というのは、タイという意味ではない。タイだってインドだってそんな台詞に意味があるところだってあるだろう。

どうせ、新しい店にも新しいトラップが待ち受けているに違いない。
だが、今日のところはあっさりとそんな台詞の裏をかいてくるJを素直に褒めておくことにした。
まあ、ちょっと痛快ではある(笑)。




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澄んだ水には住めない魚もいる


たとえば、タイ。
交通警官が堂々と袖の下を受け取る。小銭ねらいでバイクを止める。おれもやられたことがある。
もちろん、こんなのはタイに限ったことではない。

たとえば、インドネシア
地方自治体に振り分けられる予算には、各所各所でトップ・オフするための予算があらかじめ計上してある。

たとえば、バングラデシュ。
何か許可を取ろうと思ったら、窓口の担当から書類を持ち運びするクラーク、デスクに座るオフィサー、個室に控えるディレクター…、茶菓子代からはじまっていちいち金をばらまかないとことは進まなかったりする。

たとえば、パキスタン。
陸路でインドに抜けたとき、イミグレの担当官は、通過するひとりひとりの旅行者に「ペンくれない?」「そのバッグくれない?」「カメラくれない?」といちいちねだっていた(誰も何もあげてなかったけど)。

役人って生き物の生態は、どこでも似たり寄ったりである。

たとえば、日本。
路上でおまわりに小銭をねだられたことはない。役所で袖の下を要求されることもないし、銀行で金を借りるのに袖の下を払わなければならないなんてこともない。
では、日本では役人の生態が異なるのだろうか?
そんなことはないだろう(笑)。
日本ではインドネシアにも勝るカタチで汚職は構造化されているだけのハナシだ。
たとえば、「安全協会」なんてのを思い浮かべて欲しい。免許を書き換えに行くとほとんど義務のように入会を促してくる(あんなの入る必要ないんですよ)。全国の都道府県にあって、免許センターなんかを仕切っている。あの無意味な講習の講師は安全協会で働く退職警官たちだ。そんなのはほんの一例。
おれが指摘するまでもなく、最近、やり玉に挙がっているそんな団体がそこら中にある。

偉いヤツから小物に至るまで、天下りの網が張り巡らされ、民間も一緒になって役人のセーフティ・ネットを維持している。
これって汚職だろ?
ちまちま小金を要求しないだけで、最終的にはきっちり勘定を合わせているわけだ。きっとタイの汚職警官より、市民を守る日本のお巡りさんの方が取るモノ取っているに違いない。

まあ、立派な経済学者も「官僚にはある程度、収入と保障を約束しないと…」というようなことを書いている。


先日、「いやー、第三世界は汚職がひどくって…」というハナシが最終的にこんな結論に到達した。
路上や窓口に闘争や駆け引きが顕在していないからと言って、日本が汚職のない「美しい国」だなんて勘違いしちゃいけない。おれたちは小役人や汚職警官と日々、対峙することを嫌うがゆえに、システム化された汚職を容認しているだけなのだ。





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酒の飲み方

近所の酒屋ではEary Timesが1,050円なので、最近はこればっかりだ。
酒は強いモノの方がすぐに酔えていい。基本的に部屋で飲む。一人で飲むのが好きなのだ。
一人で飲むなら尚のこと、強い酒の方がいいものだ。飲むことに集中できる。

外で飲むと帰るのがめんどくさいし、それにどこへ行ってもヒトだらけだから疲れる。おれは仕事のストレスや鬱憤を晴らすために飲むわけじゃないしオンナとヤりたいわけでもない。騒がしくて狭苦しいところで飲む理由はないわけだ。

本当はテキーラが飲みたい。
テキーラは不思議なチカラを持っていると思う。ぜひ、プルケとかメスカルも飲んでみたいところだ。きっと、すてきな酔い方をするのだろう。
どれも竜舌蘭が原料である。イメージしてみたって、バーボンの原料である一年生穀物の小麦と花を咲かせるまでに数十年もかかる竜舌蘭では、植物として持っているチカラが違って当然だ。
きっとペヨーテにも通じる神聖なチカラが宿っているに違いない。

今宵はもう酔ってますので、これにて失礼。





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リーダーとは?

理想の総理大臣、「爆笑・太田」に人気集まる
http://career-cdn.oricon.co.jp/news/54710/full

というネットの記事を読んだ。
1位から10位までお笑いタレントだらけだ。彼らが庶民に人気があるのは当たり前のこと。

芸能、特に「笑い」とは常に反権力である。「笑い」は対象に「傾き」や「揺らぎ」を与えることで成立する。傾きを与える対象は、権力であったり、社会規範であったり、とかく絶対視されているモノ、常識的に立場や地位が確立されているモノになる。
はじめから傾いているモノや揺らいでるモノでは、いじっても新たな(創造的な)可笑しさは生まれない。

そういう作業を意識的に行うことで成立するお笑い芸人をリーダーに選びたいと考えるということは、既存の権力、勢力に対するヒトビトの不満や不信は相当なものだと考えるべきなのだろうか?

もちろん、それは事実だろう。


一方で危険な事実誤認があると思う。

寄席や舞台、テレビで政治や権力、世相を揶揄するお笑い芸人を見て、ヒトビトは溜飲を下げる。いつの時代、どんな社会でもそういう娯楽は必要だ。
しかし、だからといって、お笑い芸人に世の中を変えて欲しいとまでは思わなかったはずだし、お笑い芸人も「おれが世の中を変えてやる」とは思わなかっただろう。

いま、誰もがそれを想像している。そして、実際に政治に首を突っ込む芸人まで出てくる。

たとえば、庶民が才気走ったお笑い芸人に何かを期待するのは、まだいい。ドラマのヒーローを見て、「ああ、彼がこの世界に実在したら…」と願う乙女心のようなもの。無邪気で罪がない。
しかし、テレビドラマのヒーローを演じているヤツは、まさか現実世界にそのまま「おれがヒーローだ!」といって登場しようとは思わないだろう。そんなヤツが現れたら確実に病院行きだ。

でも、お笑い芸人は時々それをする。すごく大まじめな顔でそれをする。

百歩譲って、そういう芸人がいてもいい。でも、そんなヤツが現れたら、みんなで笑おうよ。少なくともお笑い芸人なら、それをネタにして、そんなヤツを笑い者にしようよ。
それでも、まだ本気なら…。そのときは「ドン・キホーテ」のように敬意を示してやる。

でも、誰もしない…。誰も笑わないし、連中を笑いものにもしない…。
みんな、本気で期待したりしている。とっても薄気味悪い。

一時期、残酷なテレビゲームや映画、戦争報道の映像なんかが現実と虚構の垣根を曖昧にするなんて論評が盛ん振り回されていた。お笑いを巡る作り手と観客の意識の方こそ現実と虚構の境界が曖昧になっているだろう。


別に政治家や政党でなければ…なんて言ってない。


リーダーとはヴィジョンを示す者だ。何も特技なんてなくたっていい。才気走ってなくたっていい。ヴィジョンを持つ楽天性とヴィジョンを語る説得力、その実現のための最初の一歩を踏み出す蛮勇さえあればいい。
もちろん、残念ながら現代日本でヴィジョンを示すということは、おそらくヒトビトに我慢や出血を求めることだ。だからこそ、今まで以上にこの3つの資質が欠かせない。

その場しのぎの「庶民の味方」やポーズとしての「国と国民のため」ならそこら中に転がっている。しかし、政治家も知識人も評論家もお笑い芸人も、誰もヴィジョンなど示そうとはしない。

この国は長い間、リーダー不在だった。
いまや、ヒトビトにはヴィジョンを見るチカラも残っていない。

やっぱり、ここは「終わった国」だった。


こういうニュースを読みながら、先日観た「大日本人」を思い出す。総理大臣になって欲しい有名人10人の中に松本人志の名前はない。
「大日本人」が描いていること、松本人志の名前がないこと…このふたつ事実は、彼が「芸人」として一流であることの証であるのだと気がついた。






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WBA世界ライト級タイトルマッチ


小堀佑介ってボクサー、ご存じでしょうか。

先日、ホセ・アルファロ(ニカラグア)と対戦して、ライト級の世界王者になった。
天然キャラだけど存在感もあり、ボクシングスタイルもなかなか大胆不敵で、堂々と前に出て行くカンジが頼もしい。

こういうタイプはコロッと負けることもあるのかも知れないけど、運もあるようだし、きっと、一時代築くのではないかと思います。



ぜひ、応援してあげてください。




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とっても希少なもの

昨夕、アパートの入り口で若い夫婦とすれ違った。
母親は、まだ生まれたばかりの赤子を抱えていた。肌の白い赤子は白い生地に包まれていた。夕闇迫る時間に、その白さが妙に浮き立って目に飛び込んでくる。

赤子をのぞき込むようにしている母親の顔も白さが反射して浮き立っていた。

すれ違いざま、おれがその母親の顔を見た時、顔を上げた彼女と目が合った。
その表情の満ち足りてなんと自信に満ちていること…。おれは意味もなくたじろいでしまい、曖昧な会釈をして自分の部屋に向かった。

「あぁ、あれが母親なのだ」と思った。

父親はただ幸せそうで、存在感がなかった。すでに顔もはっきり憶い出せない。赤子はただ白く輝き、母親を照らし出す意図的な照明のようだった。
その母親も個性などははぎ取られ、彼女の個人史や生活感は吹き飛んでしまっていた。普遍的な「母」そのものだった。それだけだった。
そして、輝いていた。

憧憬とか敬意とともに、看過しえないわだかまりがおれの心に残された。それは、むりやり説明するなら「恐怖」だ。
あの、迷いのない表情、揺るぎない自信。オンナだけに許される出産が彼女たちに与えるチカラは、おれたちには手の届かないものだ。


ふたりともまだ、おれより確実に若かった。
オンナにあんな表情をさせるなんて、ダンナはきっと、いいヤツなんだろう。

この国では、迷いのない「母」の姿なんて、近年、なかなかお目にかかれないのかも知れない。





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唄うように語れ

Bukowskiは唄うように語る。

日常会話も詩の朗読も彼の口をついて出るフレーズは哀しいリズムと音階を伴っていた。ワイルドでタフなアウトローは、その作品や伝説とは違って繊細な傷つきやすい魂の持ち主だった。

でも、考えてみれば当たり前だ。あの研ぎ澄まされた短編や詩がただの野卑で低俗なオトコに書けるはずがない。訥々と慎重にコトバを選びながら唄う(語る)彼は、だから、まさしくイメージ通りの男だった。

ドキュメンタリー映画「ブコウスキー:オールドパンク(Bukowski : Born Into This)」
監督:ジョン・ダラガン John Dullaghan
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もし、あなたがブコウスキー好きなら、ぜったい観るべきだと思います。
ブコウスキーを知らないのなら、この映画を観つつ、まずは幻冬舎アウトロー文庫「ポスト・オフィス」と河出文庫「勝手に生きろ!」を読みましょう。この2冊は訳も秀逸で読み応えがあります(この際、「アウトロー文庫」というチープすぎる命名や、河出文庫のカバーデザインの陳腐さには目をつぶりましょう)。





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沈没場所としての阿佐ヶ谷

今日はすばらしい日和だった。

ここを覗いてくださるみなさんは、タイ好きだったり、パタヤ・フリークだったり、もしくは日本脱出願望を持っていたりとさまざまだと思います。自分もそんなひとりであることは確かながら、日本というか東京都下の暮らしにもけっこう魅了されてる今日この頃です。

なかでも、阿佐ヶ谷はなんとも住み心地の良いところです。

今日も駅前の商店街は平日ながらたいへんな人出です。中杉通り周辺の路地を覗けば、商店街でなくてもたくさんの個人店舗が軒を連ねています。
なんと、生活感にあふれていて、暮らしと生業の一致した人たちがたくさんいることか。この頃の東京近郊では、大半の人にとって住居を定めているその地に住む理由は確かではありません。自分もなぜ、阿佐ヶ谷に住むのか定かではないのです。職場があるわけでもなく、血縁がいるわけでもない。まして、ここの生まれでもありません。

しかし、阿佐ヶ谷には阿佐ヶ谷で生きる理由が明快な人たちがたくさんいます。
ただ、昼日中からのこの活気を支えるのは、決してそんな人ばかりではなく、自分のようなフラフラしている人間がたくさんいるからであり、そんな連中を受け入れる懐の深さがあるゆえでしょう。

高円寺や中野、吉祥寺も同じような街かも知れません。
しかし、高円寺はかなり無理してるっぽい押しつけがましさがあり、中野は新宿に近すぎるだけに節操がない。吉祥寺は大きくなりすぎました。

阿佐ヶ谷はすべての面でほどよいカンジなのです。ところによっては高円寺にあるような押しつけがましさや自意識過剰さ、スノビッシュさがにじみ出ているところもあります。でも、それは街全体に埋もれることで希釈され目立つものではなくなっています。

ヒトビトは粛々としていて、節度があります。文化の薫りもします。善福寺川の周辺には取り残されたような寂しさもあります。

江戸後期以降、日本は「庶民の国」、特に東京は「庶民の街」だと思います。だれもがそこそこにアクセス権をなんに対しても行使でき、そこそこに自立していて、そこそこに個人主義で、そこそこに依存的です。

東京は中心なき肥大の結果、そのカラーが拡散してしまいました。渋谷や下北沢に行けば若者だらけ、巣鴨に行けば年寄りだらけ。小金持ちだらけの街、勤め人だらけの街、外国人だらけの街…。
それはある種、おもしろいことでもあるでしょう。古川日出男という作家は、そんな差別化された街がせめぎ合う近未来の東京を舞台にした刺激的なSF作品を書いています。
しかし、実験としての国家であるアメリカ合州国や、華僑が形成する排他的なチャイナタウンならともかく、プリミティブな東京はきっと、ごちゃまぜだったと思うのです。
そして、それこそ、庶民の懐の深さであり、日本らしさ、東京らしさではないでしょうか。

そんなごちゃまぜのほどよいカンジが生きている阿佐ヶ谷は東京そのものです。日々、過ごしているとこの街から出たくなくなってきます。家に閉じこもるつもりはありませんが、この街から出る理由がないのです。

「沈没」ということを考えたとき、なにも、海外ばかりが沈没の場所ではないような気がします。きっと沖縄なんかもいいんでしょうが、灯台もと暗し…。東京にだっていい場所はまだまだあるはずです。

「沈没」というのは、時限的なあり方です。誰もが、ときに「沈没」に回帰しながら生きるわけにはいかないのかも知れません。もし、そんな時間がとれるなら、その場所の候補として阿佐ヶ谷も捨てたもんではありません。パタヤやコルカタ、カトマンズにも負けず劣らず魅力的です。





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Almost die


どうやら、Jがけっこうひどい風邪を引いたらしい。
「Almost die」とかなんとか、大げさなことを言っているが、ホントにひどいらしく、実家から母親がパタヤに向かっているという。

「Almost die」はJ得意の台詞で、これまでなんど聴かされたかわからない。風邪を引いても「Almost die」。けんかしてふさぎ込んでも「Almost die」。忙しくて疲れ果てても「Almost die」である。コン・トロンパイ(直球勝負の人)であるタイ人は、「大げさな人」でもあるのだ。

これ見よがしに受話器に向かって耳にキンキン来る咳をしながら元気のない声を出す。その姿を想像すると、不謹慎ながら可笑しくて笑いそうになる。
しかし、こういうときは「あんたは薄情だ」とか「いつも怒るばっかりで優しくない」だとか、死にそうなわりにねちっこく絡んでハナシが飛躍しはじめるので用心が必要なのだ。

「ナーソンサーン・ナァ」とか言いながら、なんとか、つとめを果たした。




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食うことについて


ヒトは食うことばかり考えている。おれもそうだ。腹が減ってはどうにもならんのだ。粗食が美徳だの、知足だのといってみても、そりゃ、満足に食い物を確保できている連中、飢えたことのない連中の戯言でしかない。

もちろん、宮沢賢治のようなヒトもいる。
曰く「一日に玄米三合と味噌と少しの野菜を食べ…」。しかし、誰も彼もに「宮沢賢治たれ」というのは、非現実的だろう。

おれにもぜんぜん無理だ(笑)。
夕暮れ時、駅前に向かってチャリンコを漕いでいると住宅街でも商店街でもさまざまな食欲をそそる匂いに満ちている。飯の時間だ(笑)。そういえば、飛騨地方のとある小さな街の木材加工場でバイトをしていた時、「上がり」の合図にオジサンたちが口にするのは「飯やど」であった。

美食に耽りたいとはいわない。気取ってグルメをしたいともいわない。かえって、それじゃ満足できない。幼い頃の我が家では飯は真剣に食うものだった。うんちくをたれる対象ではなかった。
だから、いまでもおれの飯は5分、まあ、せいぜい10分である(笑)。酒を飲みながら食うことすらおれにはできないのだ。飯は飯、酒は酒である。会食も飲み会もきらいだ。
談笑しながらとか、まして、ちょっとフロアでダンスしたりなんてもってのほかである(笑)。オヤジに見られたらぶん殴られるだろう。


もちろん、おれだって、幸か不幸か飢えたことはない。でも、それがどんなことであるのか、少しだけ知っている。

たとえば、おれのオヤジは決してカボチャを口にしなかった。空襲で疎開した少年時代、毎日毎日、カボチャしか入っていない雑炊を食わされ続けたからだそうだ。とにかく、カボチャしか食うものはなかった。それも、たらふく食える量ではない。だから、オヤジは食への執着心が強かった。強いだけに食い物に関しては異常に厳しかった。

たとえば、おれが暮らしていた南インドのとある村では、農閑期になると日雇いの仕事は全くなくなってしまう。土地を持たないお百姓の家には文字通り、食うものが全くない。日長一日、軒先にしゃがみ込むとある家族の父ちゃんの姿が目に焼き付いて離れない。
とある日没後、彼はおれたちの集会に顔を出し「すまん、今日は欠席する」といった。
「昨日からこどもも何も食ってないんだ。いまから地主の池に魚を盗みに行く」と。

たとえば、Jははじめてシーラチャに出て来た二十歳の頃、月給が4,000バーツで友人とシェアしていたアパートの家賃が1,000バーツ。実家に1,000バーツくらい仕送りして、その他雑費を引けば月々の食費は1,000バーツとか1,500バーツとかだったという。
一日にして30バーツとか50バーツだ。お金がないと5バーツの素ヌードルやご飯にナンプラかけて食ってたらしい。


食うってのは、まことに奥深いものである。
南の国ではビンボー人はやせ細り、ふくよかなカラダは豊かさの象徴になる。一方で北の国ではビンボー人が肥満に悩み、豊かな人たちはせっせとダイエットやら自然食やらに精を出す。
それだけ、食に関して「必要」と「欲望」のバランスを図るのは難しいのだ。





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ネット・ラジオがおもしろい

最近、ネット・ラジオをよく聴く。

たとえば、お気に入りは「Power 106 FM Jamaica on Go-Jamaica」。
ジャマイカのローカルFM。おれがチューニングするといつもDJ. Pastorというヒトのプログラムにあたる。彼の時間は基本的にリスナーとのトークだ。ノリノリのリズミカルなパトワ(ジャマイカ英語)で「Why must Good be suffered by Evil ?」とか「Unforgettable Woman/Man」なんてお題にリスナーが電話をかけてきてしゃべりまくる。それをDJ. Pastorが捌くのだ。
いかにもその辺のオバチャンぽいのが「キャー、ホントにPastor!」とかいいながら(有名人なのかな?)、聖書の一節からトークをはじめたり、ガラガラ声のオジチャンが「昔、出稼ぎ先のフロリダで出会った金髪娘が忘れられない」といってみたりして可笑しい。
もちろん、とっぽい若者も電話をかけてくるのだが、とにかく全体的に生活感がありローカル色が濃くて楽しいのだ。
ちなみにレゲエのジャマイカながらPastorの番組では音楽はかからない。ひたすらトークである。パトワは聴きづらいけど聴きやすい(?)。

ところで、Jamaicanは、タイ人と似ています(ホントか?)。少なくともコン・トロンパイ(直球勝負のヒト)が多いです。
んでもって、けっこう判官贔屓です。まあ、その歴史や政治状況、位置からいっても、当然でしょうけど…。だから、レゲエみたいなすごい音楽が生まれるし、カリスマ的な人間が出て来ます。
オンナもキレイです。ケツがすごい(笑)。Walk and Rollです。歳を取るとドラム缶ですが、それでも踊るとケツがスウィングします。音楽が聞こえるとどこでも踊り出します。


さて、ネットラジオですが、もし、iTunesをお使いなら、「shoutcast」というサイトで世界中のFM曲を検索して、直接、iTunesに取り込むことができます。

タイ関係も結構あります。

RadioBangkok.Net
khonthai RaDiO By OHM
Chonburi's Hitz Music Station :: Free Radio 89.25 FM.
FM 93.75 Pattaya
106.60QUALITY FM PATTAYA

なんてサイトを取り込んでみましたが、まだ、ほとんど聴いていません。
いくつかはばりばりタイ語でした。



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