Jはスコータイ出身である。
そのスコータイで日本人の女性旅行者が殺害されたそうだ。
そのことを知って、なんだか意味もなくJは恐縮している。
いい街なんですけどね、こじんまりしていて。
昨夜、ビールを呑みながらJとそのハナシをする。
「女の娘が、一人で外国旅行するなんて…。両親はどう思ってるのかしら?」とおれに訊く。
「日本じゃ、ぜんぜんフツーのことなの?」と。
「まあ、ヒトそれぞれだからなあ」とおれ。
ほんとにヒトそれぞれですからねぇ、こればっかりは…。
「娘に売春させる親の方がどうかと思うぞ」というとJは熱くなる。
フツー、親は知らないのだとかなんとか。おれはそんなの信じない。ホントに知らないなら落語並みのバカだ(笑)。
まあ、いい。
ヒトはいつかは死ぬもんで、それが「旅の途上」だったなんて人生そのものみたいで良いじゃないか。ただ、オンナがオトコ(きっとオトコですよね)に殺められるなんてのは、嘆かわしく不幸なことだ。
まあ、簡単にヒトを殺しちゃうバカが多いのも事実。Jの美容学校に通う16歳の同級生のだんな(16で結婚している!)も殺人の罪で懲役15年の服役中。彼女は待つ気らしいからすごいというかなんというか。なぜ殺人を犯すことになったのかは知らない。
確かに、たとえばパタヤには危なそうなガキが多い。
この国の交通事故なんて人殺しと変わらないことを考えると、統計に出てこない裏で処理される事件もあわせれば殺人件数は大変なものだろう。
彼女はきっと、少しだけ「旅行」の戦略を間違っちゃったんだろう。
宮本常一や小松和男の本を読んでいると、古来より漂白の伝統を持つ日本でも、あまたの漂泊者が旅の途上で命を落としてきたことがわかる。
それは旅人ゆえのことではない。旅が危険なのではなく、異物だから危険なのだ。
異人だからこそ、常民を脅かしたり常民をして羨望させたりするのはとても危険である。
すでに「日本人」というレッテルはあるステロタイプのイメージを持っている。それは、残念ながら嫉妬や羨望が入り混じっていることが多くて、アジアの場合はさらに近親憎悪的なものまでが付加され、あまり心地良いものではない。
彼女もおれも、そして、あなたも、そのハンディを背負って旅をしなければならないのだ。
一方、パレスチナだってイラクだってアフガニスタンだって、もちろんタイだって、何百万、何千万ものフツーの人々がフツーの暮らしを営んでいる。そんな当たり前の事実って不思議だ。
おれは正しい(?)仏弟子なので、「ご冥福を」なんていいたくない。冥界なんてないのだ(そんなこと言うとまた、仏教徒のJがうるさい)。
せめて合掌
スコータイ郊外の夕焼け

ムアン・カオ(古い街)

仏像の様式のことなどさっぱりわかりませんが、スコータイの仏像は日本人にも親和性ある表情をしているように思う。



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