Another Pattaya Story
ウェールズ出身の沈没ファラン・Kには、10年付き合ってきたタイの彼女がいた。この10年、Kはバンコクで音楽教師をしたり、ウェールズに戻ったりしながらも、彼女と関係を維持し続け、バービアで出会った彼女に美容専門学校で学ばせ、小さいながらも美容院を持たせ、曲がりなりにも自活できるように世話をしてきた。
Kにとっては、スキルをつける機会を与え、そのスキルで自立する機会を与えることが、ただ、金をやるよりもより愛情ある「TakeCare」なのだった。それはおれたちにも理解できる感覚だし、突飛な例だが援助とか国際協力の世界でも「常識」として認知されている理屈だ。また、援助の正当性や理屈を保障する前提としても受け止められている。
ただ、やはり「理屈」だからこそ、脆弱な面も否めないことは事実だ。
一方、多くのタイ人女性の感覚は違う。多くの被援助者の感覚も違う。、「金銭の多寡」が愛情のバロメーターであったりするし、「同情するならカネをくれ」ってのもわかりやすい心情である。
残念ながら、Kのガールフレンドにも、結局、そんなKの思いは通じていなかったようだ。
奇しくもヴァレンタインデー、彼女はKに「ぜんぜんTake Careしてくれない」といって別れを切り出し、すでに覚悟を決めていたのか、「実はこの3年、ときどき、カラダを売っていた」とも告白し、Kの元を去った。
Kは彼女が美容院を持ってからも、毎月20,000バーツ渡していた。そのうち、10,000バーツはKの借家の維持費。残り10,000のうち、5,000バーツは彼女が前夫との間に設けた娘への仕送りである。
その後、1週間、やっと、落ち着いたのか先日電話してきて、久しぶりに彼と呑んだ。しかし、実は事の顛末は事前にあらかた伝わってきていた。Kは知らないし酒の席でもとてもいえなかったが、彼女がパタヤの某風呂屋で働きはじめたこともおれたちはすでに知っていた。
この日、Kは「おまえら日本人はどうなんだ?」と訊いた。「おれはしょせんファランだ」と。うーん、こればかりはよくわからないとしか言いようがなかった。「ヒトそれぞれだ」と。彼は「おまえのガールフレンドはどこまでなにを知っていたんだろう?」とも訊いた。おれは「彼女は知らなかったし、おまえから電話をもらって、おれが事情を話したら驚いていた」と嘘をついた。
JはKのガールフレンドとは、おれとKがよく飲むようになる以前はただの顔見知りだったらしいし、彼女からJに直接、事情を告げる電話があったりしたわけではない。だから、Jも詳しい事情は知らない。
ただ、腑に落ちないのは、少なくとも美容院とランドリーからの収入があり、Kからも少ない(?)とはいえ、借家の諸経費も含めた仕送りがあり、生活に困るわけではないのに、なぜ、すべてを放棄して、働いたこともない風呂屋に行ったのかという事だ。なにか、金に困る事情があるなら、ダメモトでもKに相談してみればいいし、少なくとも友人連中には話しただろうが、そんなハナシは聞かない。
タイ・オトコがいるのは、周囲のタイ人はみな知っている。しかし、そいつのためにいまさら、風呂屋で働き始めるのか? 若く見えるとはいえ、彼女は30代後半である。
まして、オンナを風呂屋で働かせてのうのうとしているヤツに、風呂屋上がりでもない彼女がそこまで入れ込むのだろうか?
Jの美容学校の友人にやはり、バービア出身の娘がいる。ファランのボーイ・フレンドと暮らしていて何不自由ないが、別れようと思っているという。どうやら、そのファランは感謝の強要をするクセ(?)があるらしく、ことあるごとに「おれはおまえをゴミ溜めから拾い出してやったんだ」と言うらしい。
少なくともKはそのファランよりはまともだし、コスモポリタンである。
10年付き合い、Kに連れられて海外だって見てきたオンナでもこうなのだ。Kは「Stupid Girl」とやるせなさ気にポツリとつぶやいてから、「これもまた、Another Pattaya Storyだ」と笑った。
そして、「おれは45にして新しいAnother Pattaya Storyへと向かうのだ」といって、「じつは明日、昔、ちょっと関係のあったオンナをパタヤに呼んでいるんだ」とつぶやいた。「彼女はかつて働いたインターナショナル・スクールの同僚で、いま、修士号取得のために大学院に通ってる」。
転んでもただでは起きないKは、やはりパタヤ沈没ヤローだった(笑)。
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ちょっと驚いた(?)
昨夜、スクムビット通り沿いの屋台でお夜食を食った。いつものカオマンガイ屋が休みだったので、違う店へ。
ふと、以前に食ったことがあるけどあまりうまくなかった店の奥さんが目に留まる。

「うおっ、読書してる!」と驚いた(笑)。
タイ語版ペーパーバックスのようなものをけっこう真剣な表情で読んでいた。近所の店のおばちゃんたちが騒いでも、顔も上げない。
「うーん、居るんだな、こういうヒトも」と感心していると、Jは「どうせあたしはバカよ」みたいなことを言ってる。
まあ、ハーレクインみたいな本かもしれないしな(笑)。
カメラがなくてケータイで撮ってみました。
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とある死
バンコクから戻ると早速風邪を引いた。街に出て、ヒトがたくさんいるところで過ごすとすぐ風邪をうつされるのはオノボリさんの特徴だろうか(?)。
そして、昨日一日、ネットがまったく繋がらなかった。今までこんなことはなかったんだけどな。
ということで、更新をサボってしまいました。
ところで、昨日、以前に紹介した女性が死んだ。
http://pattayadiary.blog123.fc2.com/blog-entry-145.html意外と早かった。
友人や旧知の者たちがお布施を寄せ合い、昨晩おそく、彼女はわずか数人の友人に見送られて故郷へと運ばれていった。
「あっという間だったね」とJ。「かわいそう」。
「逆に楽になれたってこともあるだろう」とおれ。その感覚、Jにはイマイチ、ピンと来ないようだ。でも、タイ風にいうなら、身を挺して家族を養ったんだ。来世はきっとよりよく生まれてくるだろう。
暑いところはどこでもそうだが、遺体は傷みが早い。感傷に浸る前にとっとと処理しなくてはならない。ま、王家の人間なんかは、政治的意図バリバリで、あまりにも長い間さらしモノにされてあったりするけど…。
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社会関係に関すること
Jのハナシを聴いていると美容室には、ときどき、ちょっとトチ狂った高慢な客が現われるようだ。「あーだこーだ」と難癖をつけ、でかい声でわめき散らす。お帰りの際には威張り散らして気分もすっきり。これ見よがしに20バーツとか50バーツのチップを置いていくらしい。
キンキラした装飾品を身につけ、ふてぶてしい態度で大きな声をあげ、札束をちらつかせて「厚遇」を強いる。フレンドリーや親近感では彼らは満足できない。そもそも、それなりのお大尽ならこんな店には姿を見せないはずだが、彼女たちはそんなことには気づかない。
こんな輩が街中、いや、きっと国中にあふれている。
ヒトを値踏みするのは、別にタイに限ったことではないが、どうも、タイには経年的に集団が育んできたオルタナティブな「ヒトを量る尺度」というものが存在しなくて、一元的に金銭の多寡(階級化すること)でヒトの価値が測られる傾向が強いような気がする。
その階級化も英国とかインドのそれのように、階級ごとの役割とか責任、義務みたいな能書きやもっともらしいディグニティなんていうモノを伴わない。社会的指標があいまいな不完全な階級制なのかもしれない。
そこで残念なのは、嫉妬や猜疑心をくすぶらせてトチ狂ったこういう輩を、周囲が笑い飛ばさないことだ。
美容院だけじゃない。食い物屋でも洋服屋でも、スーパーでもこんな老若男女を見かける。そんなヤツらに限って当然のごとく、マナーや他人への配慮なんてものはカケラもない。
100円ショップで売ってる爪切りが「あたしは高いのよ」と叫んで、日本橋の木屋に「置け!」と駄々をこねているようなものなのだ(いま、つめ切ってたもんで・笑)。
よく、ハイソなヒトたちが「キーキー・キャーキャー」争うテレビドラマをやっているが、あれの影響もあるのだろうか(笑)。
そんな連中はサービス云々より、ちやほやされることに対する渇望がヒジョーに強い。ディスコやボーイズ・カラオケなんかで、ウェイターにかしずかれてカネをばら撒いてるお風呂屋のオネーサンたちなんかその典型だろう。
もちろん、Jもどこかに出掛けると「店員の態度が悪い」とか「サービスが悪い」とうるさい。それは質に基づく判断ではなくて、どちらかというと「ないがしろにされた」感である。確かに良くないが、別にちやほやされに来たわけじゃない。飯食いにとか、買い物しに来たんだ。そんなこと気にしなきゃいいのに、軽くあしらわれると癇に障るらしい。
田舎で暮らしていたり、5,000バーツの給料で働いていた頃には、きっと「軽んじられた!」なんて思いつきもしなかっただろう。ちょっと銭をつかむとヒトは変るものだ。
だから、銭をつかんでいないヒトたちの中には、もう、何事にも無関心な不気味な表情をした男女もいる(笑)。特に労働者。曲がりなりにも「自分の店」である露店や屋台はちょっと趣を異にする。
無表情…無感動・無関心。中には「照れ」で固まってしまう愛すべきヒトもいる。
が、いずれにせよ、おれはあの表情が嫌いだ。
愛想が良いのはコミッションをゲットしようと目指している者、チップを狙う者。そう、やっぱりインセンティブはだれにだって必要なのだ。インセンティブを見出せないなんて悲惨すぎる。
もちろん、それはカネに限ったハナシではなくて、社会関係を円滑にする個人にとってのインセンティブが、その集団の中で共有されているかどうかってのも大きいと思う。
まあ、インセンティブのハナシは別の機会にしよう。ただ、いろいろかまびすしい日本も、思うに「インセンティブ」の問題が大きい。若い連中のインセンティブ、おれたち中年のインセンティブ、ジジババのインセンティブは、それぞれ異なるだろうし、日本の場合、より多様化・複雑化していることは否めない。
政治家の唱えるインセンティブがね、つまらなすぎる。あぁ、最近、愚痴っぽいな(笑)。よくない傾向だ。
結局のところ、タイ人の「人間関係調整」に係る能力っておれには未知のままだ。
なんか、Jという窓を通して見ていると「その能力が低いんじゃないか」と思うこともある(その窓に問題ありという指摘はしばらくおく)。南アジアは土着性が強いが、この点では貧民に至るまで高度に社会的である。ボロボロのリキシャ漕ぎが、まるで一国の代表でもあるかのような顔をしておれに接する。おれに「全権大使のように語れ」と求めてくる(笑)。まあ、大げさに言ってますけど…。
「いやぁ、ただの風来坊でして…」なんて申し訳なくて言い出せない気分にさせられることもあるのだ。
カンボジアとかビルマ、マレーシアなんて周辺の国もそれなりに様式化された社会関係網が発達していたように思う。まあ、一介の旅人としての体験だからえらそうなことは言えないか…
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さすが、パタヤだ!
邦銀から円貨建てでJの口座に送金をした。翌日には振り込まれ、レートは0.3160。まあ、ドルに対してばかりとはいえ、円高が進行しているせいか以前に比べるとかなりましだ。
しかぁし…、送金手数料が合計6,000円ってのは、むちゃくちゃじゃないですかねぇ。
しかも、窓口では手続きできず、テレビ画面でオペレーターが対応する。待ち時間も含めて手続きが完了するまでにおよそ1時間。日本ってのは便利なんだか不便なんだかよくわからなくなる(笑)。
さて、おれの姿がJの周辺から見えなくなって3週間弱。
「いろいろお誘いがあるのよ。いつまでもほっとくとほかの男に取られちゃうわよ」なぁんて生意気な電話をかけてくる。カマかけてるだけかもしれないが、タイ人、ファランから日本人まで(笑)…声をかけられるらしい。
ホントならたいしたもんだ…ってか、さすがパタヤだ。
特に外国人は、オンナと見れば「買える」と思っているヤツだらけだろうし、それも実際、当たらずも遠からずだし。
まあ、本人がその気ならわざわざ報告しないだろうが、彼女がそうやってオトコを掴まえたなら、おれも踏ん切りがつくのかも知れない。
でも、せめておれよりいいオトコ、おれより金持ってるヤツにして欲しいよなあ(笑)。生活力のないタイ人ジゴロとか、やりたいだけのジジイじゃ、いかにもがっかりだ。
といいつつ、おれはJにもパタヤに未練たらたらなわけです(笑)。
東京じゃ、桜がほとんど満開だっていうのに…。
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直球勝負
タイ語もできず学ばず、わずか1年弱、パタヤに沈没しただけでタイやタイ人を語ろうなんて思い上がりはまったくないが、タイ人についてひとつだけ確信していることがある。
それは、「タイ人はほとんど直球勝負」ということだ。
野球マニアではないが、おれは野茂と同年代で、フォークと直球だけで今も勝負し続ける野茂が好きだ(なんのハナシだ・笑)。
もちろん、おれも人生の持ち球はほとんど直球しかない。
だから、直球勝負の人が好きである。
だから、なんやかんや文句を言いつつも、タイやタイ人が好きなのだといまさらながらに思う。
おれの見聞に限定して見ると、コン・タイとジャマイカンは総じて直球勝負のヒトが多かったように思う。ただ、黒人とアジア人の体力というか生命力の差か、ジャマイカンの直球勝負はまともに受け止めているとだんだんこちらがへばってくる。
ソンクラーンでは死人がたくさん出るのも、裏切られると恋人のナニを切り取っちゃうのも、みな、コン・トロンパイ(そんな言い方が正しいのか知らないが、「直進のヒト」ってことで)だからこそ、なせる業だと思うのだ。
もちろん、極端な例だし、好きだといって、そんなんに巻き込まれるのはゴメンだが…。
一方、「おまえら、クセ球ばっか投げやがって」という連中も多い。
たとえば、近いところでいえば、フィリピン人。クセ球がメタメタ多い。英語が準母国語と化していることもあってか、ちょっとした層の連中はいろいろなところにしゃしゃり出てくる。そのくせ、シンガポリアンとか香港人のような洗練や計算高さ、はしっこさに欠ける。
ただ、クセ球が得意なだけの胡散臭いヤツが多い。
ビルマ人、部族にもよるのだろうが、彼らの多くがフレンドリーで温厚でつつましい。しかし、やっぱり国家体制がいびつな抑圧機構と化しているせいか、どこか人の顔色を伺うような雰囲気が染み付いている。本来、ビルマといえば、シャムをも怖れさせた大国であったはずなのに…。
彼らに非はないのだが、妙に哀しい気分にさせられることが多い。
インド系の連中、「もちろん、勝負は直球でしょ」って髭でもいじくりながらしたり顔で言うくせに、当然のように前言を翻し、変化球を投げてくる。そして、「それもスポーツの世界では駆け引きってヤツですよね」などという理屈をこねたりして悦に入るのだ。
それでも、変化球そのものがへなちょこなところがご愛嬌だが、ときどきうんざりさせられる。
これが、アラブ系になるとプロセスは似ているが、変化球もものすごかったりするので、あっけに取られることがある(笑)。
ただ、かの地には、まったく、「直球以外、知りません」という人もいる。真剣に直球以外、その存在も知らない。堂々と信念を持って直球を投げ込んでくる手合いが実は一番手ごわい。
いずれにしても、ここらでは私生活もある種、ポリティカルな場である。それを楽しめばいいのだが、いつもいつもそういうわけにもいかない。
なあんて、つい、ひとり、昼下がりの妄想に耽ってました。
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エキゾチック
ところでわりとクール系のKだが、新しいオンナとの2ショットまでメールに添付してきた。
「おぉ、前のより断然いいじゃんか!」と思う。
前は「やっぱりファランの趣味はよくわからん」と確認するにじゅうぶんだった(?)が、教師時代の同僚というわり写真の中でKに寄り添うその娘は教師然としていなくていい。色は黒めだし、細身で濃い系の顔だ。きっとイサーンだろう。
Jはカエル系なのだが(そういうとすごく怒るけど)、JにしてもKの新しい彼女にしても、こういうオンナは日本にいないよなぁとつくづく思う。
なんで、おれは、色白で身だしなみがよくて行儀や礼儀をわきまえている(はずの)女性に惚れることができず、褐色でやんちゃで生意気でだらしなくてわがままなオンナばかりに心惹かれるのだろうか?
まあ、おれにとってはそれが「エキゾチック」ってことなのかな(笑)。やっぱ、外見に限らず、内面においても、オンナはエキゾチックでないとね。
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藪の中(美容院編)
数日前に紹介したJが働く美容院に住み込む15歳の少女。
http://pattayadiary.blog123.fc2.com/blog-entry-208.html仮にTとしておこう。彼女は店を切り盛りするAと折り合いが悪く、Aに言わせればTは堪え性がなくわがままということになる。Jにはそれほどでもないようで、TがAとぶつかるたびに、影で励ましていたらしい。
Tは15歳だが、すでにカラダを売ったことがあるという。地元で処女を3500バーツで売ったらしい。Tによればそれも母親の差し金なのだ。そのために不妊施術までされたという。Tの語る母親の言動はとても血を分けた者のそれとは思えないが、そうは言いつつも、母親とは電話で話すこともあるらしいT。折り合いの悪いAとぶつかり、ある夜、Jに泣きついてきた。
「どうしても辛ければ、どこか住み込みで働けそうなところを探してあげる」といったJの言葉を拡大して、母親に「6,000バーツの給料で住み込めるところを見つけた」と報告し、Jの電話番号まで教えたそうだ。
母親がJに電話をかけてきた。
お礼と称しつつ、それとなくJのことを訊く。日本人の男がいるというJに、「じゃあ、家とか車とかいろいろ買ってもらってるんでしょう」なんて失言(?)にむっとしたJが、Tから聴いた母親の言動と仕打ちを伝えると、涙ながらに否定して、「あの娘は親がどんなに機会を提供しようとしても、拒絶し、ひとり、飛び出しては好き勝手をしてきた」と言うらしい。
「一緒に暮らして店を引き継いで欲しいのに(母は地元で美容院をやっているそうだ)、どうしても嫌がるからパタヤで住み込みさせてくれるところを捜したのだ」とかなんとか。3人の息子だって大学を出て警察官やら弁護士やらどこぞの大企業の社員やらと吹くこと吹くこと…。
訳がわからなくなったJがTに電話して詰問すると逆切れされたらしい。
翌朝、出勤してみると、Aが少し安堵した表情で、「昨夜遅く、親戚だという人が引き取りに来て出て行った」という。なんでも、ファランとくっついて、ファランのだんな、両親とパタヤ郊外のリゾート住宅地で暮らす従姉妹が引き取りに来たそうだ。
母娘、TとAの間に立って右往左往したJにも、いったい誰がホントのことを言っているのかさっぱりわからない。まして、わけのわからない英語とタイ語のちゃんぽんで興奮気味に説明されたおれにはさらに訳がわからない。
物語にでも出てくるようなとんでもない家族ってのが、実際に存在するんだろうということだけは、なんとなく想像できる。こうして書いてみたものの、さっぱり要領を得ない(笑・すみません)。
まあ、母親も娘もそして従姉妹ってのも、とにかく、誰もすべて本当のことを言っていないのだろう。別に「常にすべて本当のことを言え」とは思わないけど、口裏くらい合わせるとか、つじつまの合うように気を配るくらいはして欲しい。
じゃないと、単純なJは煙に巻かれ、おれは訳のわからないハナシを長々と電話でされる羽目になる。電話代だって安くはないのだ(笑)。
最初、Jは、Tに冷たく当たるAを非難していたが、結局、Aの方が世知に長けているってことなのだろう。おれに言えたのは、「もう、連中について考えるな。時間の無駄だ」ってことだけだった。
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今を生きる
おしつけがましいハリウッド映画のことではない。
おれは「今を生きる」ということがどういうことなのか、これまでのタイ暮らしで実感した。
もっといえば、Jとの暮らしで思い知らされた。「あぁ、こういうことなのか」と(笑)。
Jには基本的に計画というものは、ない。
あっても、それは漠然としていて、夢とか、淡い期待とほとんど変わらない。それが、日常的なこと、具体的に詰めていくことが可能な次元にあることでも、計画と呼べるようなスガタ・カタチは立ち現れてこないのだ。
たとえば、Jの実家に行くことになった。
「行こう」ということは明らかなのだが、5W1Hのようなものはない。だから、突然、「今日行こうか?」ということになる。
しかし、ご飯を食べたり、持って行く服を選んだり、母親に電話したりしているうちに時間はどんどん過ぎていく。まだまだ、シャワーを浴びたり、メイクをしたり、着る服だって選ばなければならない。「今日実家に向けて出発する」ことに重点があることは確かだが、それ以上に「今、していること」に全力投球してしまうのだ。
そのうち、何か楽しいことでも思いついたりしたら、もう、その日は行けなくなる(笑)。たとえば、服を選んでるときに、「ああ、この服着てどこそこに行ったなぁ」なんて思っているうちに、そこ、たとえば、ディスコに行きたくなったりする。それは、思いつきに過ぎないが、実現したっていいわけだ。
友人の誰かから電話がかかってきて、「どこそこに行こうよ」なんて誘いだったりすると、そちらに気をとられてしまうのはごく、フツーのことである。
前回は結局、レンタカーで行った。バスだと、チケットを事前に買って、バスの時間に合わせて出発するという「計画」(制約)があるが、レンタカーだとさらに気が緩んで、出掛けるまでは大変だった。
しかし、いざ、出掛けると身は軽い。そして、ハプニングにも強い。
そりゃ、当たり前かもしれない。地図も持たず、道も調べず、ただ走り出すだけなのだから(笑)。
じつは、おれ自身がこと、旅とか旅行に関しては完全に無計画型なのでさらに始末が悪い。
時間は流れ、意識も流れる。意識は一定ではない。おれたちは、意識の流れを制御して、予定や計画を優先するが、彼女には、特にそうしなければならない理由はない。もちろん、おれたちにもないといえば、それもありだが…。
たとえば、おれの帰国日。
「どこそこに行って、なに買って、ナニもして、なに食べて…」なんて、できっこない漠然とした計画を立てている。それは計画ではなくて、こどもの夢と同じなのだ。あるいは思い付きを並べているだけのようなものだ。だから、実現しなくても「マイ・ペン・ライ」で済む。執着しない。
もちろん、そんな「計画」は消化しきれないから、途中で残りは放棄しておれはばたばたと出掛けることになる(そんな彼女を予期しているから、おれの荷物は、前夜、彼女の寝ているうちにまとまっているのだ・笑)。
かといって、事前から「あと何日あるから」なんてことは考えない。
人生とはまさしく「今」のことである。「今」なくして過去もなく、未来もない。「今に生きる」ことができなければ、人生そのものが怪しくなってくる。
まさしく、「今を生きている」Jは、だから、その思いつきとどたばたに疲れたりしても、そのことに関しては泣き言など決して言わない。そもそも、そのことに疑問がないのだから当たり前か(笑)。失敗したり、求めたものが手に入らなくてもたいして恨みがましくもない。ハプニングが起こっても、そもそもがハプニングの連続のような毎日だから、当たり前のようにそれを消化する。
なんだか、こうして書いているとちょっと足りないか、アブナイ人のようにも映るが、そんなことはない。
ある意味、すばらしく健全であるような気もする。
それに比べると、おれは計画性と無計画性の狭間を揺れ動いて、時にくよくとしたりしている。
しかし、これはタイ人一般に当てはまることなのかどうかは知らない。その傾向は大いにあると思うが…。一方で、祭りやイベントが得意なタイ人だが、催事には仕切りやプロデュース、調整が欠かせないはずだ。そんな、不可欠な役割は「今を生きる」だけじゃ務まらない。
そんな相反することを実現させているところが、タイ人のすごいところなのかもしれない。
だって、あんな無秩序と混沌のきわみのようなパタヤのソンクラーンで、別にたいした騒動は持ち上がらない。路上を占有し、個々人は狂乱を演じながら、全体としてある種の宥和と秩序が保たれている。
バービアという閉鎖的な小宇宙で、ソンクラーンごっこのアナーキーを演じて悦に入るファランの大多数は、18日のナクルアの路上にも19日のパタヤ路上にもあまり出てこない。
ソンクラーンは、ある種の周年的な「ええじゃねえか」だと思うが、アナーキズムを思想として生んだはずのファランが、生活レベルにある本源的で官能的なアナーキーの場に躍り出れないのがおれにはとても印象的だった。
そして、「ええじゃねえか」の本場(?)・日本で祭りがことごとく形骸化し、観光資源化してしまっている一方で、タイには時代を反映して変化しながら祭りが生き残っているのは、「今を生きる」度の差によるのかも知れないと、思ったりするのだった。
なんと、Jの田舎、スコータイ郊外のお寺でも、ソンクラーンの催しにコヨーテ・ダンスまで登場したそうです(笑)。Jの母親が、Jに電話で「コヨーテが…」といっていたらしい。
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Poor Dad
いつものカラバーオ食堂で朝飯を食う。

カラバーオ妻のアムウェイおばちゃんが、しきりにJに話しかけ、なにかまくし立てていると思ったら、バックからやおら一冊の本を取り出した(真ん中のマスクの女性がアムウェイおばちゃん)。
「Poor Dad / Robert Kiyosaki」というペーパーバック。もちろん、タイ語。
つまり、ロバート清崎の「金持ち父さん貧乏父さん」のタイ語版らしい。流行っているのだろうか、おばちゃんはなにやら自慢げで、おれは手にとって見ることを強要される。日本語だとしてもまるで興味のないジャンルだが、お義理でペラペラめくる。図解入りだ(笑)。
プチプチして血色の良い男が裏表紙でニタニタしている。そんな本をアムウェイおばちゃんがバイブルのようにバックから取り出すところが可笑しかった。
一方、Jはまるで興味がなさそうだ。そもそも彼女は本というものにまったく興味を示さない。
まあ、生活圏にある本屋といったらこんな程度だから、おばちゃんはそれなりに勉強家なのかも…(笑)。

近所の市場で。


比丘尼がお寺に持ち帰るドリアンを買っている。その脇をモタサイの兄ちゃんが楊枝をくわえて鼻歌まじりに歩いていき、みなが失笑する。
Jが説明してくれたところによるとかれが唄っていたのは田舎の民謡のようなもので「父ちゃん殺して、母ちゃんを嫁にもらおう」という歌詞らしい(笑)。
歌詞全体がどういう内容なのか知りたいが、Jもイマイチうまく説明できない。タイも農耕地帯だし、昔話や伝承なんかを集めたらきっと楽しいのだろう。
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写真拾遺1
せっかくなので、紹介しきれなかった写真をアップします。写真を褒めていただいて調子に乗ってますが、雰囲気が伝わればうれしいです。
なお、時系列ではありません。
クイッティアオ屋。
おばちゃんはかわいいんだが、うまくなくて残念。
彼女の旦那はアル中で絡まれたこともある。

よく似てる。訊いてないけど、きっと姉妹でしょう。

境内での朝市の写真。




Jも通っていた美容コースの出張実習が数回、この朝市で行われた。

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出稼ぎ
Jの友人にNという娘がいる。
妹が韓国人と結婚して一児をなし韓国で生活している。昨年、Nは妹夫婦を訪ねて、ボーイ・フレンドとともに観光ヴィザで韓国に渡った。もちろん、妹とその一児を訪ねるためだが、実は不法就労するためである。ボーイ・フレンドは大学出で英語もそこそこできる。ホンダのセールスマンをしていたが、あっさりやめて、出稼ぎの可能性に賭けた。かれは温厚でマジメそうな好男子なのだが、やっぱりマイペンライなタイ・オトコなのだろう(笑)。
最初の三ヶ月、ふたりは妹夫婦の家に居候し、近所の託児所でアルバイトをし、コトバや生活になじむように努めながら様子を見た。そして、ヴィザが切れて一度帰国。しかし、航空券代なども考えるとこれではまるで割に合わない。
今年に入ってからふたりはふたたび渡航。
住み込みの工場勤務を見つけ、妹夫婦とは離れてカップルで働いた。収入はひとり4万バーツほど。そのまま3ヶ月のヴィザが切れても帰らず、不法滞在を続ける。
なかなかハードな生活らしいが、タイでくすぶっているより金にはなる。なんとか数年持ちこたえて金を貯め、店を持つのがふたりの目標だったらしいが…
「捕まっちゃった」
昨日、NからJに電話があったそうだ。
偶然、職質を受けてしまい、Nだけが捕まり、ボーイフレンドはダッシュで振り切って逃げたそうだ。Nは近日中に手続きを終えて強制送還されるという。
「彼女を残して逃げるってどうなんだ?」
おれがJに訊くと「ふたりで捕まっちゃうよりいいでしょ。まだ、6ヶ月くらいだし、お金も貯まってないのよ」
こういうハナシを聴いていると、「たいへんだなあ」とも思い、でも、どこか微笑ましくも思い、なぜかよくわからないがちょっとだけ「うらやましく」も思う。
なんか「生きるために」生きる…シンプルなチカラがみなぎってんだよねぇ。しかもヘンにシャッチョコばってなくて自然体なのだ。
まあ、いろいろな意味で「なんだかなあ」と思わざるも得ないが…。
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