生活の態度(その1)
海外に出るとアドレナリンも出る。ある程度は、だれでも未知の場所では緊張するものだから、当然のことかも知れない。おれの場合、長い間、これが海外に出ることの最大の喜びだった。
日本にいると弛緩してくる。緩んでくる。それが醜さにつながる…そう思っていた。日常における闘争や危険が限りなく少ない日本では、街を歩くのにそう、テンションをあげる必要もない。
昨日は一日、使い物にならず阿佐ヶ谷をぶらぶら散策した。
タイでは街を散策なんてしない。「歩く」なんて気分にはならないのだ。歩くとしたらビーチかショッピング・センターである。しかし「歩く」のは「速度の基本」だ。あまり歩かないのはぜったい良くない。
ところがタイ…メタメタ暑いし、歩くための環境が整備されていない。危険だし排気ガスで気分が悪くなる。だから、どこに行くのもバイクである。これが、また、アドレナリンを湧出させる。優雅に運転するにしてもジェントルさを維持するにも、そのためにヒジョーな警戒心を求められる。車に乗ればきっと景色は違って見えるのだろうが、そんな金はない(笑)。
「リトル・トゥリー」という本で描かれるアメリカ先住民のおじいちゃんは、「握手ってのは野蛮な習慣だ」といっていた。「袖にナイフや武器を忍ばせていないことを確認する」ための儀式だというのだ。
そもそも動物は同種であってもコミュニケーションのための最初の行動は「攻撃意志の有無」の確認である。タイ人の笑顔は西洋人の「握手」と同じ機能を果たす。同じ農耕民族のなのに、現代社会でもタイや東南アジアの方が日本より「攻撃性」「戦闘性」をうちに秘めている。日本は武士という「戦士」がかつていて、戦闘文化を持っているようにいわれるが、あれは様式化されすぎていて、プリミティブな個人の戦闘性を包含していないと思う。だいたい、そのメンタリティたるや、自己優位性の盲信からくる集団陶酔の涯てにバンザイしてすべてを投げ出す「すべてか無か」の世界。駄々を捏ねる世間知らずのガキと同じで、それをもっともらしいセオリーで粉飾したに過ぎない。
人間の生存に関わる「戦闘」は駆け引きなのだ。そして、あっさりケリがつくものではない。延々と続く日常の「生存に関わる」業務である(笑)。
だから、日本人は戦闘に弱いと思う。「ゼロか百か」のヒトたちは、「百」の中で疑いを持たずに粛々と生きる時には粘り強い。が、1つでも2つでも上積みして「70生きれるか、71生きれるか」を問われるとき、まるで役に立たない。
たとえば、山小屋の小屋番をしていたときには不思議に思ったものだ。厳冬期の雪山で多くの遭難者が一晩で死んでしまうのである。じゅうぶん装備も食料も持ったわざわざ冬山にやってくるような健康な大人が、道に迷ってたった一晩保たずに死ぬ。若いのやパーティーを組んでいる場合はそうでもないのだが、中高年の単独行者はほぼ、間違いなく死ぬ。たぶん生きることに「バンザイ」しちゃうんだと思う。いくら装備に金をかけても、ふだんジムに通って体を鍛えても、ココロが「バンザイ」したら生き残れない。
一方、タイ人もあまり強くないと思う。基本的に直球勝負のヒトや感情をあおるだけで戦略のないヒトは長い闘いに耐えられない。だから笑顔である。笑顔でつけいる。笑顔で引き出す。こうなると、一見、狡猾なようだが、怠惰なだけだろう。しかもその程度で憐憫を示してくれるヒトビトがタイにはたくさんいる。
日本人はお辞儀だ。しかし、これもまた困ったものである。握手や笑顔はわかりやすいが、お辞儀は難解だ。時に滑稽でもある。だから、日本人を揶揄するときに必ず使われる。
タイのテレビで整髪剤のコマーシャルを見たことがある。座敷で学ランの兄ちゃんがお辞儀をするのだが、髪が乱れる。しかし、その整髪剤を使えば、日本人のように何度もお辞儀を繰り返しても髪が乱れないというわけだ。
だから、お辞儀は「攻撃性の有無」の確認にはあまり役に立たない。この挨拶は「儀式」である。日本はコミュニケーションのための最初の行動である「攻撃意志の有無」の確認を挨拶以前に処理して、挨拶をいきなり「儀式」化して使用する。
挨拶が「攻撃性の有無の確認」である文化といきなり「様式」「儀式」である文化では前提となっているものが大きく違うような気がする。
なかなか本題にたどり着かない(笑)。長くてスミマセン。
おれは形式的なものがキライだ。儀式や様式の美には、それがいかなる文化に属していようとあまり感銘を受けない。
形式は「価値観の共有」という前提を受け入れた者だけに重要なものとなる。裁判官の衣装や法廷での宣誓が威厳を持つのは法を受け入れるからだ。法を笑う者にとって、あんなものはこけおどしや茶番にしか見えない。
日本から海外に出るというのは、挨拶が「儀式」である国から、挨拶が「攻撃性の確認かも知れないところ」に行くということ。
本能的にそう感じているから、海外に出るとアドレナリンが出てしまうのだ。
それが楽しかったのだが、「儀式」の国の良さも知っている。ただし、儀式の前提となる価値観の共有を受け入れるのでなく、受け入れる「ふり」をして生きる。つらいこともあるが、そうすることで享受できるものがたくさんある。ただ、「ふり」をすることで過剰なストレスになるのならやめた方がいい。それがすべてとなってしまっては本末転倒だ。ただ、その場合は常に「攻撃性の有無の確認」を自分に強いて生きる覚悟が必要である。
たとえば、ここ阿佐ヶ谷でおれはなんの警戒心もなく、なんの束縛もなく、無防備でいられる。そうやっていると、自分に没頭できる。空想や夢想を遮るものは何もない。こんな環境を海外で得ようとしたら、それなりの金が必要であり、さむなくば相当の経験がいる。しかし、日本ならぼろアパート暮らしにも静寂が約束されている(笑)。
本にも映画にも音楽にもアクセスが約束されている。
ネットだって快適だ。
健康を維持するに足る食い物へのアクセスも面倒がない。
昼間から妄想に耽り、こんな駄文をだらだらと書く時間も約束されている(笑)。
ヒトによって大切なモノはそれぞれ違うだろう。おれとって、バイクも海もオンナも重要であることは事実だが、それ以上にこうしたことが譲れない。
だが、おれにとっても、多くの人にとっても「時間」…これが最大の問題だ。通常、「ふり」をすることによって、この約束が反故にされる。「ふり」は社会性を求め、社会的ステイタスを求めてくる。そのために削がれる「時間」は人生の大きな部分を占める。時間は金銭に換算されもする。
二十歳そこそこのガキなら、とんがった顔をしてアウトローを装うのもいいだろう。金が無いのも時には楽しいし、逸脱を演じるのも楽しいものだ。なにより自由になった気がする。でも、それはただ「気がする」だけ、ただの「ごっこ」に過ぎない。もう、いい大人になってしまったおれは、「ごっこ」じゃ満足できないんだな。
「ごっこ」を楽しむヤツらは、すぐに唯々諾々とした模範的な「共有者」となる。おれは20年間、おれの同伴者をたくさん見てきた。かれらはことごとく、「共有者」の囲い地にいつの間にか駆け込んで、おれを置き去りにしていった。残った者はごくわずかだ。いつだっておれは「ふり」の世界に取り残され、新しい仲間は歳を追うごとに若くなっていく。
話がそれたしちょっと愚痴っぽいな(笑)。
貧困が美徳だとか、ストイックさからばかり「美」が生まれるというのは嘘だ。いや、それも真実なのかも知れないが、「美」も「醜」もいろいろなところから生み出される。
そう思うおれは完全な逸脱者になることなく「ふり」をすることが求められる。「ふり」は自死することもできないおれにとってのやむを得ぬ「延命装置」になる。
よって今月中旬から1年間、働きます。
これを言うために延々書いてきたわけではありません(笑)。
「生活の態度」シリーズ(?)は、「自律的な自立に向けて」というおれのテーマ(?)へつながる第1歩で、このシリーズは続きます。
ちなみに職場はカンボジアの首都、プノンペン。
6月下旬くらいからはこちら(
Life Goes On(カンボジア日記))でカンボジアのことを紹介できたらと思っていますので、どうぞよろしくお願いします。
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生活の態度(その2)……複数性
ペソア的にいってしまえば、「わたしとは複数である」。
凡人らしき不徹底さをもってしても、おれもやはり、「複数なるおれ」を生きている。
ただし、ここに示す「複数なるおれ」はペソアのような文学的な、または人格的な意味での複数性ではない。それはもちろん、おれにとっても美しい夢であり、逃れようのない現実でもあるのだが、いまはまだ、その複数性に沈潜して身を隠せるほどの凄味がおれにはない。
今日のところは、詩的さや抽象論はさておいて具体的に自分に必要な形態を考えてみたい。
すると、こういうことになる。
1.微温的思考停止生活
2.自閉的忘我生活
3.個人的冒険生活
4.延命措置生活
笑っちゃうだろうが、おれはけっこう大まじめである(笑)。
どれもおれには欠かせない生の要素だ。
1.は、おれにとってパタヤ沈没がまさしくこれだった。
埋没というか市隠というか…。他人という窓からぼんやりと世界を眺めているような生活がそれだ。または、多少の退廃と堕落を享受する醜悪な高騰遊民気取りの生活。
いわば、香の焚かれた寝台でしっとりと汗に濡れるおれの「アヘン窟」だ。そのアヘン窟には小さな窓があり、寝台からは市井のヒトビトが生き死んでいく様がよく見えるが、どこかおれには他人事でしかない。
2.は、阿佐ヶ谷暮らしがまさにそう。
忘我はけっこうな緊張状態の涯てに立ち現れてくるもので、いわば、極我の向こう側にある。実際、阿佐ヶ谷にいるだけで「呆然」と出来るわけでもなく「呆然」とするにはある種の準備が必要であり、そんな状態を維持するにもある種の注意深さが必要である。本来ならこれを一定期間は継続したい。
いわば、静謐なる狂気まであと半歩…アルコールとたばことコーヒーに事欠かないおれにとっての「辻潤の四畳半」だ。
3.は、生命力の確認だ。かつ、おれにとってもっともわかりやすい「自由」の象徴でもある。もちろん、すでに空間的フロンティアなどないことは知っている。現代に生きる者には社会的な意味での冒険の余地など残っていないのだ。しかし、そんなことは関係ない。あくまで個人的な冒険が必要なのだ。ある種の野蛮さを身にまとうことでもあり、または社会的なサバイバル能力を発揮することでもある。
いわば、おれにとっての「満月の夜」であり、「月に吼える」時だ。
4.は、忌まわしき労働。
残念ながら、おれの1.2.3.は、この4.と直結していない。
ブコウスキーなら「そんな仕事やめたらどうだ」というだろう。
これまで自覚的または無自覚にこのサイクルを不規則に繰り返してきた。しかし、願わくば、徐々にこの垣根を融解したい。
この垣根が融解されてくると、冒頭に記したより内省的なおれの複数性を楽しめることが出来るようになると思っている。
では、おれの生活におけるこの現実的な垣根をいかに融解するのか?
つづく
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夏目漱石妄想
連日、酒ばかり飲んでいる。へべれけである。ひとりで飲む酒と、何らかの理由にかこつけて、イベント的に飲む酒はまるで酔い方が違う。
とにかく、日本人は酒なのだ。ノミニケーションなのだ。
これが、どうもおれは好きじゃない。前夜のようにレディーボーイ・バーに行くならいい(笑)。しかし、狭苦しい飲み屋で酒の勢いを借りて、翌朝の記憶には残らない議論で気炎を上げるのはどうしても好きになれないんだ。
しかし、これだって仕事のうちなのかも知れない。少なくとも独立事業主に近しいおれにとっては、大切な営業なのだろう。
レディーボーイにばらまく夏目漱石(1,000札)、ノミニケーションに費やされる数枚の夏目漱石、酔い覚ましのラーメンに小銭が戻ってくる夏目漱石…。
カンボジアに持って行く本をトランクに詰め込みながら、「本って安いなぁ」と思う。ぜったいに読み切れないとわかっているのに持って行きたい本がたくさんある。
命を削りながら書かれた文字の集積…。
そういえば、おれの部屋から一番近い古本屋が廃業した。閉店前にはすばらしい本がすごく安く売られていた。
おれの知る限り阿佐ヶ谷には6軒の古本屋と2軒の貸本屋がある。その中でももっともいい本を良心的な値段で置いている本屋が閉店した。
酔った頭でどの本を持って行こうか思案しながら思う。
「あぁ、おれ、カンボジアなんか行きたくねぇ!」
いや、なんの肩書きも所属もなくして出かけるカンボジアなら大歓迎だが…。でも、少しでも一枚の夏目漱石が軽く感じられるために…おれは行く。たくさんの夏目漱石を、いや、福沢諭吉(笑)を財布に忍ばせるためにおれは行く。
懐かしい子宮のような、初夏のこの部屋に雨戸をおろし厳重に鍵をかけて…。
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剃毛
いつの頃からか、南国で暮らすのに下の毛を剃るようになった。もちろん、全部は剃らない(笑)。が、タマの周りや裏筋あたり、股の付け根などの毛をそり落とし、恥骨のあたりに残る毛も短く刈ってしまう。
なぜって、暑いのだ(笑)。むれるしうざい。
かつて、バングラデシュでホテルのジムに行ったときのこと。銭湯のノリでチンチンをぶらぶらさせながら歩いていると、敬虔そうなイスラム教徒のおじさんに「頼むからタオルで隠してくれないか…。それに、その毛。だらしない」と言われた。
少年時代、おれのうちには風呂がなく銭湯に通っていた。当時、手ぬぐいで下半身を隠している人なんていなかった。下手すりゃ口の悪い年長者に「大したモノ持ってるわけでもないんだろ。こそこそすんな」なんてからかわれたものだ。
そう、イスラム教徒たちは人前でナニをさらすようなまねはゼッタイにしない。ちなみに下の毛や脇毛はきれいに剃る。
「なんで下の毛は剃らないんだ?」
その後、まじめくさった顔で訊かれた。日本ではひげは念入りに剃っても下の毛や脇毛を剃る男はきっといないだろう。
「あんたら、髭はせっせと伸ばすのに、体毛は剃るんだね」
髭だってけっこうまめに手入れをしているヒトが多い。曰く「口髭は刈り、顎髭は伸ばしなさい」だ。
イスラムは「清潔さ」を尊ぶ。それはカラダを健康に保つことが精神の健康を保つことであるという認識によるものであり、肉体を健康に保つための具体的な指示をイスラム教徒は守らねばならない。
まあ、カラダをないがしろにする宗教もないだろうが、イスラムでは「生殖器の毛を剃ること、割礼、口髭を切りそろえること、わきの下の脱毛、爪を切ること」は基本である。
ということで、そのときはじめて下の毛を剃ってみたわけだ(笑)。
確かになかなか快適。しかし、困ったこともある。無精しているとちくちくして返ってウザい。
脱毛ってわけにもいかないしねぇ。
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カンボジアにて
ただいま、プノンペン。
暑い。
どうもどうも。
おれはその実、気が小さいのでまだ、様子見しています。
カンボジアは不思議なところです。
過酷な歴史とやけにいい天気がミスマッチで、全体が「大いなる田舎」なのに、妙に生々しく毒々しい活気にも満ちている。
コトバもわからず、すべてに不案内。
仕事をするってのはつらいことですね。少なくともパタヤ沈没からの復帰組である自分にとっては…。
ただ、つくられた流れに身を任せて情況に運ばれています。
落ち着いたら、少しずつ、カンボジアの紹介が出来ればと思います。
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職場にて
最近になってやっと自分のデスクに座る時間を取れるようになってきた。ま、ここからがまた、たいへんなわけだが、それでも一段落…やっぱり、ルーティンが出来てくると安心する哀しい日本人なのだ(笑)。
職場のすぐ隣には、タイでいうところのタウンハウス街が造成されている。これがでかい!
パタヤで言うなら、カルフールの裏手、ソイ・ユメのタウンハウス街のようなカンジだが、もっともっとでかい。何百世帯あるのだろう?
そして3階建てのもので一軒1,500万円くらいするらしい!
やはり、カンボジアでも土地は投機的に買われまくっている。タウンハウスも多くは投資のために買われ、建築途中から「売ります」「貸します」の看板がかかっている。
聞くところによれば、地方でも幹線道路沿いや開発計画があるところなどは、資産家や企業に土地が買い占められ、こうした計画を事前に察知できる連中(政治家とか官僚とか)はますます肥え太っていく。
プノンペンでは成金どもが高級車を乗り回し、そのバカな倅や娘はナイトクラブをはしごして泥酔しヤクでぶっ飛んで路上を徘徊する。
まだまだプリミティブなレベルではあるが、カンボジアはグローバリゼーションの波に急激に巻き込まれる新興国の姿が現在進行形で見られる。
どのように歪みが生まれるのか、国内外の連中にどう食い物にされるのかという事例が目の前にゴロゴロとあからさまに転がっている。きっと、タイのたどった道が再現されているのかも知れない。しかし、カンボジアの庶民の未来はタイのそれより、もっともっと苦しいものになるだろう。
まあ、おれもそんな歪みの助長に一役買いながら、その恩恵にあずかってここにいる…。
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金と力はなかりけり
いつの間にやら、金の威力を知り、それを当てにするようになった。恥をかくことをおそれて小さな権威にしがみつき、そこに安座する。
しかし、恒常的な扁桃腺炎に悩まされて虚弱体質の少年時代を過ごし、都心の空洞化が始まって、人通りの絶えつつあった商店街で客のない店の子として育った(ついには強制収用によって追い立てられるように都落ちした)おれの出発点は、そもそも「金と力はなかりけり」であり、開き直って色男を極めるしか道はないはずだった(笑)。
しかし、歳を重ねるごとにおれを取り巻く世間は経済的繁栄を謳歌しはじめ、おれは出発点を忘れがちになった。日本というレッテル自体が「カネ」や「チカラ」の象徴となり、怠惰なおれは、そういう他者の目を受け入れ、自らもカネとチカラを兼ね備えた者であるかのように錯覚しはじめたのだ。
色男といえば、歌舞伎の世界では、花川戸助六、藤屋伊左衛門なんてキャラが特に典型だが、おれには、浮浪殿(ジョージ秋山「浮浪雲」の主人公)がわかりやすい。
いずれにせよ、絵空事ではあるが、こうして見ると色男の道もなかなか険しい(笑)。浮世離れしていなければならないわけだが、その開き直りには、「カネとチカラ」といった場合の「チカラ」とは違った「勁さ」が必要になる。
初心に還って「金と力はなかりけり」ってところからもう一度、再出発したいと思う今日この頃なのだ。
40にして「金も力もありません」(笑)。
鼻で笑われるだろうな。それでも、受け入れられる器量を備えたなら、それこそまさしく「色男」ということじゃないか。
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透明人間になりたい
久しぶりのひとりの週末。
やっぱりひとりになる時間は大切だ。つっかけを履いてひとり、街を歩き回る。プノンペン、セントラルマーケットの周辺は、漢字の看板がひしめく華僑街でもある。
「中華拉麺」と書かれた店に入る。「歓迎光臨」とあるが、特に歓待されるわけでもなく静かに席に着き「紅焼牛肉麺」というのを頼む。1.5ドル。
店主一家は中国系で店の奥でビールを飲みながらオリンピックを見ている。
ウェイトレスも店先で麺を打つスタッフもクメール人。黒い手が見事な手さばきで小麦粉の塊をしごき、細い麺を生み出していく。なんだか不思議な光景だ。
麺はオーダーごとに打つ。
客は、ひとり、ピータンを肴にビールを飲みながらやはりオリンピックを見ている老人とおれだけ。
スープの味は薄く、麺はどちらかというと素麺のようなカンジ。わりとあっさりしている。おれたちには日本のこだわりのラーメンがうまいのは当たり前だが、これはこれでいける。メニューは餃子から麻婆豆腐からいろいろあって、定食屋のように利用価値が高そうだ。こんな店がそこら中にたくさんある。
世界に散らばる中国系のコミュニティは、おれたちにも親和性が高い。食もヒトビトの振る舞いも彼らのおれに対する無関心さも、今日のような気分の日には居心地がよい。
昨晩、とあるバーで行き会ったフランス人のコトバを思い出す。
「タイとカンボジアはとても較べられない。タイは強固なアイデンティティを保っているけど、カンボジアにはヒンドゥ王朝時代の遺跡しかない」。
確かにカンボジアにはなにかが欠けている。ここで感じる不思議な居心地の悪さと、どうにもよくわからないヒトビトのコトを思う時、アフリカのことが脳裏をよぎる。実はアフリカもちょろっと旅しただけだがよくわからなかった。特に街では、ヒトビトは借り物の街に住でいて、彼ら自身が居心地悪そうにしているように見えたものだ。
だが、アフリカとアジアは決定的に違う。「アフリカ」は「アフリカ」として自己主張する。アフリカは「ママ・アフリカ」だ(?)。でも、「アジア」は…。
フランスもこの国をぶち壊した当事者の一国だが、その影響が今も色濃く残っているかというとそうでもないような気がする。
やっぱり、華僑移民であり、タイであり、ベトナムだろう。
ヒトによっては土着の強烈なナニかがみなぎっているところでは疎外感を持ってしまって居心地が悪く、コスモポリタンのようなボヘミアンのような連中の中にいる方が落ち着くってコトもあるだろう。もしくは同じ出自の人間同士でかたまる。
でも、どうやらおれは揺るぎないアイデンティティを持つ他者の中でこそ、「安心」するようだ。もちろん、おれはそんなものを持っていないし、染まりもしない。あくまでよそ者として漂うだけ。
たとえば、イスラム圏が、そしてインドがおれにとって心地よいのはそういう理由なのだろう。
そうやって、いろいろなアイデンティティのかけらを拾い集め、またはそぎ落とし、おれはどんどん何者でもなくなっていく。
唐突だが、だれもが透明人間に憧れたことがあるはずだ。
実はこうしてさすらうことでおれは透明人間になろうとあがいているのだ(笑)。もちろん、科学的にじゃない。観念的に…だ。
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お魚さん
なんとなくやりきれない気分なので、メガネを買い夜のプールに泳ぎに行った。
やっぱりプールは夜に限る。
本当は、少年のころのように学校のプールに忍び込んで泳ぐというのがサイコー(?)なのだが、まあ、そうでなくともナチュラル・ハイなのだ。
最近は毎日、雨が降る。
プールの脇を流れるトンレサップ川はもう、2週間ほど前から逆流しはじめている。その水はトンレサップ湖へと流れ込み、湖は大きく膨張し氾濫する。これがカンボジアの農業や水産業を支えている。デルタでは河が氾濫するとお魚さんも一緒に流れてくるんですねぇ。
バングラデシュでは洪水の時に、いつも通勤していた首都ダッカの路上で投網を打っている人を見たことがある(笑)。冗談ではありません。
お魚さんはすごい。
泳いでみるとその偉大さがわかります。
魚の動きだけをイメージして泳ぐ。
たいていの魚の尾びれは縦向きかな。しかし、縦はきつい。横ふりは真似できない。
「どうやら、鯨なんかは横向きではないか!」と思い当たる。縦振りだ。ほ乳類は縦振りなのか。腹筋と背筋を使って上下に振れってコトだ。しかし、鯨もイルカも愛嬌があり過ぎる。もうちょっと、サカナ的無表情さがいまは必要なのに…。
まあ、ジャンプかな。ジャンプはいい。しかし、できん。
ところで、鯨やイルカには腹筋や背筋があるわけだよ、縦振りだもの。
やっぱ、ほ乳類だなぁ。
などなど…と、ほとんどわけのわからない思いつきの連続に身も心もゆだねて泳いだら、なんとなく気分も軽くなった。
しかし、すでにだるい。
今日はもう寝ます。
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半分人生
「三十代でやった仕事の成果でいまも食いつないでいるようなもんさ」
とある50代のヒトの台詞。
かれは大学のセンセイだが、学内に留まっていたわけではなく、いわゆる論文博士。つまり、大学院は出ていない。在野でお勉強を続け、その論文が認められて博士号を授与された。それはけっこうたいへんなことだと思う。そして、大学で職を得ることになった。
「三十代が一番仕事に打ち込めた」…。
うーん、まずいな。おれももうすぐ三十代が終わってしまう(笑)。
振り返ってみれば、二十歳からの20年間のうち、約半分、10年くらいはおれも働いていた。
「おまえ…、半分しか働いていないのか!」といわれそうだが、ずっと「やりたいこと」が収入に結びついていなかったので、おれとしては「半分も働いていたのか!」というカンジだ。
まあ、とにかく…、通算10年ほどになる労働は断続的だが常に同じ業界で得た職による。しかし、かれの台詞を反芻しながら、「とても五十代の自分を救えるような質の仕事はしてないな」と思う。
当たり前だ。だいたい、1年か2年のサイクルで働くのが精一杯なおれは、業務終了間近になるたびに「もう二度と働かないぞ!」と思ったものだ。そんな後ろ向きの気持ちをくすぶらせていい仕事ができるわけがない。
そして、おれの言い訳はいつも「おれにはやりたいことがある」だった。
20年のうち、残り半分はやりたいことのためにあったはずなのだが、たどり着いたのが「I would prefer not to...」では、こちらもやはり、五十代の自分を救ってくれるとはとても思えない(笑)。
それは斜に構えた若僧のころの自堕落や耽溺とは違うと信じたいし、デカダンでもニヒリズムでもないはずで、ある種、吹っ切れたような気安さもある。しかし、そのラジカルさを受け止めるほどの勁さや覚悟が自分にあるとも思えないのだ。
ああ、四十代も半分仕事の半分人生が続くのか…。全的人生にするためには都合良く金を調達しようとなびいてしまう「半分仕事」をこそ放擲するべきなのだが、それでおれにはいったいなにが残るのだろう…。
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しばらく休みます
ココロの様が変容しつつあります。べつに悪い意味じゃない。
なので、しばらく内向きになってその推移を見守ろうと思います。
気まぐれに更新するかも知れません。ときどき覗いてみてください。
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