Poor Dad
いつものカラバーオ食堂で朝飯を食う。
カラバーオ妻のアムウェイおばちゃんが、しきりにJに話しかけ、なにかまくし立てていると思ったら、バックからやおら一冊の本を取り出した(真ん中のマスクの女性がアムウェイおばちゃん)。
「Poor Dad / Robert Kiyosaki」というペーパーバック。もちろん、タイ語。
つまり、ロバート清崎の「金持ち父さん貧乏父さん」のタイ語版らしい。流行っているのだろうか、おばちゃんはなにやら自慢げで、おれは手にとって見ることを強要される。日本語だとしてもまるで興味のないジャンルだが、お義理でペラペラめくる。図解入りだ(笑)。
プチプチして血色の良い男が裏表紙でニタニタしている。そんな本をアムウェイおばちゃんがバイブルのようにバックから取り出すところが可笑しかった。
一方、Jはまるで興味がなさそうだ。そもそも彼女は本というものにまったく興味を示さない。
まあ、生活圏にある本屋といったらこんな程度だから、おばちゃんはそれなりに勉強家なのかも…(笑)。
近所の市場で。
比丘尼がお寺に持ち帰るドリアンを買っている。その脇をモタサイの兄ちゃんが楊枝をくわえて鼻歌まじりに歩いていき、みなが失笑する。
Jが説明してくれたところによるとかれが唄っていたのは田舎の民謡のようなもので「父ちゃん殺して、母ちゃんを嫁にもらおう」という歌詞らしい(笑)。
歌詞全体がどういう内容なのか知りたいが、Jもイマイチうまく説明できない。タイも農耕地帯だし、昔話や伝承なんかを集めたらきっと楽しいのだろう。
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王様への期待
「キング・プミポンがかわいそう…」。
「Friend of Takshin ニサイ・メディ」と、Jも新首相のサマックは気に入らないようだ。だいたい、Jは貧乏出だが、イサーンではないせいか、タクシン嫌いである。
そんな王様派のJに、「王様が『マイ・チョーブ、サマック』っていえば、いいじゃんなあ」というと「王様は簡単に好き嫌いをいえないの!…難しい立場なのよ」ともっともらしいことを言う。
いや、この台詞を聴いて、少し感心してしまった。Jのような世間知らずの娘でも、いまやKingdomだからといって、「なんでも王様の言うとおり」とは思っていないし、それが許される世の中ではないとも思っている。
王様は神聖な存在だが、その期待ってのは、具体的ななにかに直結しているわけではないらしい。なにがなんでも「King Love」なタイ人も、王権の機能に関しては、すでに全能ではないことを知っているのだ。もちろん、制度のそのように制定されていることを学んでいるのだろうが、もともと父の権威が絶対ではないタイだからこそ、国父だって絶対的な権威者とは扱わないのかもしれない。
当たり前のことなのかもしれないが、ちょっと印象的だった。
さて、今日はだいぶ良くなってきたJを連れて散策に出かけた。
相変わらず雲が多い。
場所はバリハイ岬。
最近、ヘリポートから岬まで遊歩道もついた。しかし、石畳や手すりは、「せっかく造るのなら、もう少し丁寧に…」と思うような出来。ぜったい、すぐにボロボロになるだろう。
ヘリポートからはパタヤ・ビーチが一望できる。
昨日、レンタル・サイクルについてコメントをいただきましたが、おれも日本ではチャリンカーなのでちょっと気になって、ソイ・ブッカオへ。Jが「あるならソイ・ブッカオ」というのだ。
しかし、見つけられず。
セントラル・パタヤ・ロードに近いセカンド・ハンド・ショップに良さそうなチャリが置いてある。
「これ、レンタル?」
「いや、売り物。7,800バーツ」
「高いな。レンタルする気ない?」
そこで、奥からオヤジが出てきて、「景気が悪いからセルでもレンタルでも何でもオッケー!」と叫ぶ(笑)。
こんな店です。
(ちなみに真ん中のバイクに跨る女性はJではありません。念のため)
帰りがけ、コーヒーを飲みにカルフールに寄ると、こんなバイクを駆るファランを目撃。
サイドカーには混血の男の子を乗せてました。
こうなりゃ、立派(?)なパタヤ沈没組だなぁ。
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なんとなくブルーなカンジ
雨こそ降らないものの今日はでっかい雲がパタヤの空にのしかかっていて、しのぎやすい一日だった。
パタヤに来て以来、2日間、休みだったカラバーオ食堂で朝飯を食う。予想通り、彼らは値上げしていない。相変わらず、お惣菜は20バーツ均一。飯は5バーツだ。
しかし、じわじわと物価の影響はヒトビトの生活に及んでいるようで、なんと、もう一軒のいきつけの店、「プーケット食堂」が店を閉めるという。店舗を貸して、自分たちは奥さんの実家であるウドンに帰るらしい。「店をやっても経費がかさんで儲けにならない。だからといって値上げも簡単にはできない」。借り手がつくなら、物件として賃貸収入を得た方が割が良いのだ。
すでに賃借募集の張り紙も出している。
バンコクじゃ反政府集会だ、クーデターのうわさだと騒がしいが、フツーの人たちにはどーでもいいことのようだ。まあ、いずれも旧勢力か新興勢力かの違いでしかない。大多数の庶民は蚊帳の外。第三世界の典型的な「民主主義」をめぐる闘いだ。
しょせんは特権者とそのひも付きの連中の「政治的お遊び」である。
パタヤはシーズンオフで海に近い界隈は閑散としている。さすがのタイ人も消費を控えているのだろう、カルフールやロータス、BIG-Cのような大型のショッピング・センターもそれほど賑わっていないような気がする。
一方、生活圏であるだけにソイ・ヌンの中心街では昼間から車やバイクが渋滞し、一見、活気がある。
ただ、それも人がたくさん住んでいるというだけのような気がする。
プーケット食堂で見かけたネスカフェのセールスマン。
このあと、おれにも「タイ語、話せますか?」とタイ語で訊いてきて、インスタントコーヒーを売りつけようとした(笑)。
大量に買ったマンゴスチンをJがきっちり平らげたので、今日はドリアンを買う。
若いふたりはなれない手つきでなかなかドリアンがさばけない。ついに、Jにまでからかわれる始末。
ドリアンはキロ30バーツ。
右の赤いエプロンのお兄ちゃんは奥さんと子供連れ。
ラヨーン近郊の農村から来たそうだ。
Jも元気がないしおれの気分的な理由でそう見えるのかもしれないが、どうも、2ヶ月前より全体的にブルーなカンジで、どうにも「人口の多い熱海」にいるような気がするのだった。
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睡魔に包まれて
マンゴーやジャックフルーツを食うと眠くなるというが、マンゴスティンでもそんなことがあるのだろうか?
2キロ25バーツ。うまい。
暑いせいか気が緩むせいか、とにかく、まったりとしてしまい、Jの体調不良もあるので、一日中ダラダラと過ごす。東京じゃ眠れないのに、昨日今日と寝てばかりだ。
ところで、もともと、食の細いJだが、不調でさらに食が細くなったのか、現在、体重45キロ強。おれといた頃はだいたい50キロはあった。
身長167センチで45キロはヤバイだろうということで、昨日から増量作戦を展開中…といっても、ただ、たくさん食わすだけのハナシだけど。
ということで、朝は最近、近所にできて評判の通称「サウス食堂」。いかにも働き者風情のタイ南部出の一家が南部の料理を出す。後姿のエプロン男性がご主人。青の柄シャツが奥さん。
いつ行っても、けっこう混んでます。
料理は一品25バーツ。けっこう辛いけど、丁寧に作ってあるカンジで味わい深い。
その後、おれは両替をしにサウス・パタヤのBank Goldへ。
ここは他より若干レートが良い。
たとえば、今日は市中の銀行のレートが3,015バーツだったが、ノース・パタヤのコダックで3,030バーツ。Bank Goldが3,040バーツだった。たいした差じゃないが、まあ、気分的な満足感がある。
10万円替えれば、市中銀行との差はおれのバイクでガソリン満タン分くらいになる。
場所は、サウス・パタヤ・ロードをビーチを背にスクムビット通り方面に向かい、サードロードを通過したすぐ右手に見えてくる「Rungland Village」の中。
同Villageの向かいにはランドマークになりそうなこんな建物がある。
昼は近所の市場でお惣菜を買う。
食い物の話題ばかりで恐縮だが、他に何もしていないのだ(笑)。
数ヶ月前まで一品20バーツだったお惣菜は25バーツ。5バーツだったご飯は7バーツに上がっている。
日没後、ひとりでパタヤの街を徘徊してみる。
前回、パタヤを去る時はシーズン真っ只中だったので、その頃とくらべると街全体が落ち着いているような気がする。
有名ディスコ「ハリウッド」の真向かいには、子供向けの大きな縁日が出ていた。
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夏休みの土曜日
タイ(パタヤ)での暮らしというのは、毎日が夏休みの土曜日のようなカンジだ。実際、今日は土曜日だったわけだが、そうではなくて、少年時代の夏休み、しかも、その週末を思い出させる気がする。
父ちゃんは店を早めに切り上げ、やはり、夕方には店を閉めたじいちゃんもやってきて、ふたりは「暑い暑い」といいながら、ビールを飲んでいる。母ちゃんとばあちゃんは台所で夕食の準備をしている。今日はきっとご馳走だ。日長一日、遊んだ上に、夏休みでしかも週末だから夜更かしも許されて、しかも、みながくつろいでいるカンジをこどもなりに感じて気分がいい。
日本昔話を見ながら飯を食い、スイカをかじりながらクイズダービー、ドリフを堪能する。しかし、まだ、Gメン75だって残っているのだ。罪のない時代の余暇の象徴のような番組の連続は本当に見事だった(笑)。
ノーテンキで不安も焦りもないそんな一日がかつてあった。そして、パタヤのヒトビトを眺めていると、不思議とそんな日のことを思い出す。
これは完全にノスタルジーでタイ人の現実とはまるで無縁なおれの妄想なのだが、昨日から今日にかけての気分は、とりあえず、すべての現実を無視できる、そんな気分だったのだ(笑)。
それにしても2ヶ月強のブランクで、食い物がとても辛く感じる。
遅い朝飯はJのお母ちゃんが作ったもの。
なんてったって、彼女のパラーは見事である。
お母ちゃんはJの看病に1週間ほど前からパタヤに来ていたのだが、おれに遠慮してか、今日帰るという。
帰る前に近所の食堂で一緒に軽めの食事を摂る。
最近、ソイ・ヌンにも増えている外国人向けの食堂で、タイ飯がとてもうまくて値段もリーズナブル。
こんな界隈に何軒か似たような店がある。
この手の店はタイ人のガールフレンドにも配慮して必ずタイ飯もある。たいていはファランが洋食、連れのオンナがタイ飯を食っている。おれたちは全員でタイ飯をがっつく。
275バーツ。
パタヤからスコータイへは、まず、スクムビット通り沿い、パタヤ・カン(セントラル・パタヤ)にあるチェンマイ行き高速バスでピッサヌロークまで行き、ローカルバスに乗り換えるのが手っ取り早い。
高速バス(VIP)は、32シートでなかなか快適。ただしピッサヌロークまで458バーツとけっこう高い。
お母ちゃんを送った後、Jとふたりでジョムティエン・ビーチに行った。
雨季でロー・シーズンのためか、外国人は少なくビーチは静か。週末なのでタイ人のカップルやグループの方が多く感じる。
ちなみにこの枯れ木のあるあたりはかなり奥のほうだけど、いつも静かで居心地が良い。
おれは少し泳ぎ、Jはスイカなどを頬張りつつ、けっこう長い時間いた。日中はさすがに暑いけど、日没後はそれなりに過ごしやすい。
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パタヤ日記
いま、パタヤにいる。
暑い。
昨日の午後、バンコクに着いた。最近、Jが体調不良ばかり訴えるので、いっそのこと、バンコクで健康診断を受けさせることにしたのだ。
Jにとっては生まれてはじめての健康診断である。
病院は
バムルンラッド・ホスピタル 。事前に日本から予約を入れた。
前日にはJに確認の電話がかかってきて、検便の準備などの指示もしてきた。もちろん、Jは検便なんてしたことがない。だから、空港まで迎えに来たJのホット・イシューは検便(笑)。おれの顔を見て早々に「なんでドクターはウンチなんか見たいんだ?」としきりに笑わせてくれた(彼女は本気で困惑し恥ずかしがっている)。でかいウンチをそのまま持っていくのかと思っていたらしい(笑)。
ということで、病院の近くに泊まることにする。
ナナ駅近く、スクムビット通りに面した
City Lodge というこじんまりしたホテルが目に入ったので飛込みで泊まる。アマリ・グループのホテルらしい。朝食つきで2300バーツ。バンコクは高い。
そして、今朝、7時半に病院へ。
どーんとでかい。やたらたくさんエスコートのスタッフがいて、慇懃に迎えてくれる。まるでホテルのようだ。Health Screening Centerは、各国の言語に対応できるスタッフも配置し中東系、インド系を中心に外国人だらけ。もちろん西洋人もいるし、日本人も多い。中華系、ブータン人(衣装でわかった)、インドネシア人など近隣国からもけっこう来ている。
しかし、この価格では、今後、タイのメディカル・ツーリズムもインドなんかに押されていくのではないだろうか。まあ、にこやかなサービスとか施設維持の能力などはタイの方が高いかもしれないが…。ちなみに40歳以下女性向けのパッケージで11,500バーツ。日本とほとんど変らないか、病院によっては日本のほうが安いくらいだろう。
施設が立派で、サービスが過剰。ハイソっぽい気分にさせてくれるのは受けるんだろうが、効率はすごく悪い。いちいちセクションごとにエスコートしてくれる女性がつき、あちこちの部屋を出たり入ったりさせられる。
ただ、日本のようにシステマティックにしてしまうと患者がついてこれないのは間違いない。日本の効率的なサービスというのは、顧客に依存している内容が多すぎるし、その要求レベルは高い。同じことを東南アジア人やメディカル・ツーリストとしてタイにやってくるような人たちに要求するのは酷かも知れない。
まあ、とにかく、1時過ぎにすべての検査と問診が終了。6時間弱も病院にいたわけだ(笑)。
その時点までで明らかになった検査内容に関しては、特に問題なし。すべての結果は一週間以内に郵送とのこと。
2時ごろ、チェックアウト。事前に延長を頼んでいたのもあって、特に追加料金なし。アバウトでタイらしい。
レセプションで「うまくて安い」と勧められたソイ3、フードランド2階のレストランで食事し、電車でエカマイへ。レストランのお味は可もなく不可もなく…。値段もパタヤのほうがぜんぜん安い。
それより、おれひとりで朝食を摂ったCity Lodge1階のイタリアンレストランがうまそうだった(イタ飯はJが好きでないため食わず)。
7時前、パタヤに到着。
東京ではチャリばかり乗っているので、久しぶりのバイクが心地良い。
わずか5日間ですが、少しは、久しぶりの「パタヤ日記」を書ければと思っています。
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性的越境に対する関心
オンナは値踏みが大好きだ。モノでもヒトでも目に止まった瞬間、査定が始まっている。
「あのヒトって…ゲイよね?」
たとえば、こんな台詞に聴き憶えはないですか?
おれが関わってきたオンナに関していえば、全員がこの類(ゲイ・バナシ)の台詞をけっこうな頻度で発していた。
しかし、べつにゲイだから、または、ゲイでないからといって彼女たちが具体的になにかするわけではない。まして裏を取るわけでももちろんない。ただ納得して悦に入る。「あたし、鋭いのよ」ってわけだ。おのれの高い鑑識眼に満足する。もちろん、完全なる自己満足である。
タイトな服を着てりゃ「ゲイ」。ちょっとした仕草で「ゲイ」。慣れてくると根拠は実に単純だったりする。「だって、わかるのよ!」で済まされてしまうことすらある。
彼女たちにかかると世の中、「ゲイだらけ」ということになりかねない(笑)。
「えっ、そうかな?」「さあ…」っていうおれの返答は、無関心であることを示しているのだが、彼女たちには「よくわかるなぁ」と聞こえるらしい。「どーでもいいじゃん」とは言わない。他人の趣向を頭ごなしに否定してはいけないと躾けられている(笑)。
「あんたって見る目ないのね…。それとも、その気アリ?」
どうやら、値踏みというよりも、女は「性の越境」に関して敏感に反応するらしい。特に、ゲイやレディボーイに関する言動には、時に敵意に近いものすら感じることがある。
それも、まあ、わかるようなわからないような…だ。
「わあ、キレイ!」「かわい〜い」なんてのは彼(彼女)らが見せ物的な位置にあるときだけ。同じ路上にたった途端、「良くできました!」扱いは影を潜める。
これがパタヤみたいな場所では、ゲイ、レディーボーイ、トムボーイと目白押しだから、Jなんかはそれこそ、大忙しである。もちろん、他の女たちにも目を光らせているが、話題になるのはトランス・ジェンダーの方が多い。
「ね、わかる?…彼(彼女)、レディーボーイよ」
「あのカフェの彼(彼女)、トムボーイだって知ってた?」
べつにおれたち男からしたら、誰がどんな「越境者」だろうとどうでもいいことだ。
(そうですよね?)
彼女たちの関心の高さは、女の「機能」と関係があるのだろうか?
ところで、今日、人に会うために久しぶりに新宿まで出た。飯を食い、相手がノン・スモーカーなので仕方なくスタバに入る。スタッフがやたら丁寧でにこやかで、かんで含めるようにメニューの説明をしてくれる。カップのサイズをサンプルで示して確認し、ショーウィンドウを指し示しながらオーダーを復唱する。その笑顔と声の抑揚はちょっと不気味で、気持ち悪いくらいだ。
席に着いてから思わず言ってしまった。
「あいつ、ゲイかな?」
やはり、連れは「さあ…」とどうでも良さそうだ。
激しく後悔しながら、安堵もする。「そうだよなぁ、どーでもいいよな。そんなこと」
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テーマ:タイ・パタヤ - ジャンル:海外情報
働く
金が欲しくて働く
金のことだけを考えて働く
なぜ、金が欲しいのかは忘れる
ただ、オンナにいい顔をしたいんだ
効率だけを考えて働く
省力だけを考えて働く
全体から見たら不合理なのに気づかない
ただ、夢見る時間が欲しいだけなのに
人目を気にして働く
出し抜くために働く
競争原理とやらが必要らしい
それもまた、自分との戦いってわけ
明日休むために働く
いつか休むために働く
いつだって今日はサクリファイスにされる
人生は喪の連続である
意味を考えて働く
やりがいを求めて働く
おれの代わりならいくらでもいる
趣味と道楽が再発明される
好きなことをしています
自分を表現しています
給料は安いけどいまの仕事に満足です
そうやって酒を飲む
生きるために働く
働くことは生きることだ
いつか解放されることを希って働く
いつか解放されることを希って生きる
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テーマ:タイ・パタヤ - ジャンル:海外情報
ネット・ラジオがおもしろい
最近、ネット・ラジオをよく聴く。
たとえば、お気に入りは「Power 106 FM Jamaica on Go-Jamaica」。
ジャマイカのローカルFM。おれがチューニングするといつもDJ. Pastorというヒトのプログラムにあたる。彼の時間は基本的にリスナーとのトークだ。ノリノリのリズミカルなパトワ(ジャマイカ英語)で「Why must Good be suffered by Evil ?」とか「Unforgettable Woman/Man」なんてお題にリスナーが電話をかけてきてしゃべりまくる。それをDJ. Pastorが捌くのだ。
いかにもその辺のオバチャンぽいのが「キャー、ホントにPastor!」とかいいながら(有名人なのかな?)、聖書の一節からトークをはじめたり、ガラガラ声のオジチャンが「昔、出稼ぎ先のフロリダで出会った金髪娘が忘れられない」といってみたりして可笑しい。
もちろん、とっぽい若者も電話をかけてくるのだが、とにかく全体的に生活感がありローカル色が濃くて楽しいのだ。
ちなみにレゲエのジャマイカながらPastorの番組では音楽はかからない。ひたすらトークである。パトワは聴きづらいけど聴きやすい(?)。
ところで、Jamaicanは、タイ人と似ています(ホントか?)。少なくともコン・トロンパイ(直球勝負のヒト)が多いです。
んでもって、けっこう判官贔屓です。まあ、その歴史や政治状況、位置からいっても、当然でしょうけど…。だから、レゲエみたいなすごい音楽が生まれるし、カリスマ的な人間が出て来ます。
オンナもキレイです。ケツがすごい(笑)。Walk and Rollです。歳を取るとドラム缶ですが、それでも踊るとケツがスウィングします。音楽が聞こえるとどこでも踊り出します。
さて、ネットラジオですが、もし、iTunesをお使いなら、「
shoutcast 」というサイトで世界中のFM曲を検索して、直接、iTunesに取り込むことができます。
タイ関係も結構あります。
RadioBangkok.Net
khonthai RaDiO By OHM
Chonburi's Hitz Music Station :: Free Radio 89.25 FM.
FM 93.75 Pattaya
106.60QUALITY FM PATTAYA
なんてサイトを取り込んでみましたが、まだ、ほとんど聴いていません。
いくつかはばりばりタイ語でした。
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食うことについて
ヒトは食うことばかり考えている。おれもそうだ。腹が減ってはどうにもならんのだ。粗食が美徳だの、知足だのといってみても、そりゃ、満足に食い物を確保できている連中、飢えたことのない連中の戯言でしかない。
もちろん、宮沢賢治のようなヒトもいる。
曰く「一日に玄米三合と味噌と少しの野菜を食べ…」。しかし、誰も彼もに「宮沢賢治たれ」というのは、非現実的だろう。
おれにもぜんぜん無理だ(笑)。
夕暮れ時、駅前に向かってチャリンコを漕いでいると住宅街でも商店街でもさまざまな食欲をそそる匂いに満ちている。飯の時間だ(笑)。そういえば、飛騨地方のとある小さな街の木材加工場でバイトをしていた時、「上がり」の合図にオジサンたちが口にするのは「飯やど」であった。
美食に耽りたいとはいわない。気取ってグルメをしたいともいわない。かえって、それじゃ満足できない。幼い頃の我が家では飯は真剣に食うものだった。うんちくをたれる対象ではなかった。
だから、いまでもおれの飯は5分、まあ、せいぜい10分である(笑)。酒を飲みながら食うことすらおれにはできないのだ。飯は飯、酒は酒である。会食も飲み会もきらいだ。
談笑しながらとか、まして、ちょっとフロアでダンスしたりなんてもってのほかである(笑)。オヤジに見られたらぶん殴られるだろう。
もちろん、おれだって、幸か不幸か飢えたことはない。でも、それがどんなことであるのか、少しだけ知っている。
たとえば、おれのオヤジは決してカボチャを口にしなかった。空襲で疎開した少年時代、毎日毎日、カボチャしか入っていない雑炊を食わされ続けたからだそうだ。とにかく、カボチャしか食うものはなかった。それも、たらふく食える量ではない。だから、オヤジは食への執着心が強かった。強いだけに食い物に関しては異常に厳しかった。
たとえば、おれが暮らしていた南インドのとある村では、農閑期になると日雇いの仕事は全くなくなってしまう。土地を持たないお百姓の家には文字通り、食うものが全くない。日長一日、軒先にしゃがみ込むとある家族の父ちゃんの姿が目に焼き付いて離れない。
とある日没後、彼はおれたちの集会に顔を出し「すまん、今日は欠席する」といった。
「昨日からこどもも何も食ってないんだ。いまから地主の池に魚を盗みに行く」と。
たとえば、Jははじめてシーラチャに出て来た二十歳の頃、月給が4,000バーツで友人とシェアしていたアパートの家賃が1,000バーツ。実家に1,000バーツくらい仕送りして、その他雑費を引けば月々の食費は1,000バーツとか1,500バーツとかだったという。
一日にして30バーツとか50バーツだ。お金がないと5バーツの素ヌードルやご飯にナンプラかけて食ってたらしい。
食うってのは、まことに奥深いものである。
南の国ではビンボー人はやせ細り、ふくよかなカラダは豊かさの象徴になる。一方で北の国ではビンボー人が肥満に悩み、豊かな人たちはせっせとダイエットやら自然食やらに精を出す。
それだけ、食に関して「必要」と「欲望」のバランスを図るのは難しいのだ。
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Almost die
どうやら、Jがけっこうひどい風邪を引いたらしい。
「Almost die」とかなんとか、大げさなことを言っているが、ホントにひどいらしく、実家から母親がパタヤに向かっているという。
「Almost die」はJ得意の台詞で、これまでなんど聴かされたかわからない。風邪を引いても「Almost die」。けんかしてふさぎ込んでも「Almost die」。忙しくて疲れ果てても「Almost die」である。コン・トロンパイ(直球勝負の人)であるタイ人は、「大げさな人」でもあるのだ。
これ見よがしに受話器に向かって耳にキンキン来る咳をしながら元気のない声を出す。その姿を想像すると、不謹慎ながら可笑しくて笑いそうになる。
しかし、こういうときは「あんたは薄情だ」とか「いつも怒るばっかりで優しくない」だとか、死にそうなわりにねちっこく絡んでハナシが飛躍しはじめるので用心が必要なのだ。
「ナーソンサーン・ナァ」とか言いながら、なんとか、つとめを果たした。
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沈没場所としての阿佐ヶ谷
今日はすばらしい日和だった。
ここを覗いてくださるみなさんは、タイ好きだったり、パタヤ・フリークだったり、もしくは日本脱出願望を持っていたりとさまざまだと思います。自分もそんなひとりであることは確かながら、日本というか東京都下の暮らしにもけっこう魅了されてる今日この頃です。
なかでも、阿佐ヶ谷はなんとも住み心地の良いところです。
今日も駅前の商店街は平日ながらたいへんな人出です。中杉通り周辺の路地を覗けば、商店街でなくてもたくさんの個人店舗が軒を連ねています。
なんと、生活感にあふれていて、暮らしと生業の一致した人たちがたくさんいることか。この頃の東京近郊では、大半の人にとって住居を定めているその地に住む理由は確かではありません。自分もなぜ、阿佐ヶ谷に住むのか定かではないのです。職場があるわけでもなく、血縁がいるわけでもない。まして、ここの生まれでもありません。
しかし、阿佐ヶ谷には阿佐ヶ谷で生きる理由が明快な人たちがたくさんいます。
ただ、昼日中からのこの活気を支えるのは、決してそんな人ばかりではなく、自分のようなフラフラしている人間がたくさんいるからであり、そんな連中を受け入れる懐の深さがあるゆえでしょう。
高円寺や中野、吉祥寺も同じような街かも知れません。
しかし、高円寺はかなり無理してるっぽい押しつけがましさがあり、中野は新宿に近すぎるだけに節操がない。吉祥寺は大きくなりすぎました。
阿佐ヶ谷はすべての面でほどよいカンジなのです。ところによっては高円寺にあるような押しつけがましさや自意識過剰さ、スノビッシュさがにじみ出ているところもあります。でも、それは街全体に埋もれることで希釈され目立つものではなくなっています。
ヒトビトは粛々としていて、節度があります。文化の薫りもします。善福寺川の周辺には取り残されたような寂しさもあります。
江戸後期以降、日本は「庶民の国」、特に東京は「庶民の街」だと思います。だれもがそこそこにアクセス権をなんに対しても行使でき、そこそこに自立していて、そこそこに個人主義で、そこそこに依存的です。
東京は中心なき肥大の結果、そのカラーが拡散してしまいました。渋谷や下北沢に行けば若者だらけ、巣鴨に行けば年寄りだらけ。小金持ちだらけの街、勤め人だらけの街、外国人だらけの街…。
それはある種、おもしろいことでもあるでしょう。古川日出男という作家は、そんな差別化された街がせめぎ合う近未来の東京を舞台にした刺激的なSF作品を書いています。
しかし、実験としての国家であるアメリカ合州国や、華僑が形成する排他的なチャイナタウンならともかく、プリミティブな東京はきっと、ごちゃまぜだったと思うのです。
そして、それこそ、庶民の懐の深さであり、日本らしさ、東京らしさではないでしょうか。
そんなごちゃまぜのほどよいカンジが生きている阿佐ヶ谷は東京そのものです。日々、過ごしているとこの街から出たくなくなってきます。家に閉じこもるつもりはありませんが、この街から出る理由がないのです。
「沈没」ということを考えたとき、なにも、海外ばかりが沈没の場所ではないような気がします。きっと沖縄なんかもいいんでしょうが、灯台もと暗し…。東京にだっていい場所はまだまだあるはずです。
「沈没」というのは、時限的なあり方です。誰もが、ときに「沈没」に回帰しながら生きるわけにはいかないのかも知れません。もし、そんな時間がとれるなら、その場所の候補として阿佐ヶ谷も捨てたもんではありません。パタヤやコルカタ、カトマンズにも負けず劣らず魅力的です。
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唄うように語れ
Bukowskiは唄うように語る。
日常会話も詩の朗読も彼の口をついて出るフレーズは哀しいリズムと音階を伴っていた。ワイルドでタフなアウトローは、その作品や伝説とは違って繊細な傷つきやすい魂の持ち主だった。
でも、考えてみれば当たり前だ。あの研ぎ澄まされた短編や詩がただの野卑で低俗なオトコに書けるはずがない。訥々と慎重にコトバを選びながら唄う(語る)彼は、だから、まさしくイメージ通りの男だった。
ドキュメンタリー映画「ブコウスキー:オールドパンク(Bukowski : Born Into This)」
監督:ジョン・ダラガン John Dullaghan
もし、あなたがブコウスキー好きなら、ぜったい観るべきだと思います。
ブコウスキーを知らないのなら、この映画を観つつ、まずは幻冬舎アウトロー文庫「ポスト・オフィス」と河出文庫「勝手に生きろ!」を読みましょう。この2冊は訳も秀逸で読み応えがあります(この際、「アウトロー文庫」というチープすぎる命名や、河出文庫のカバーデザインの陳腐さには目をつぶりましょう)。
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とっても希少なもの
昨夕、アパートの入り口で若い夫婦とすれ違った。
母親は、まだ生まれたばかりの赤子を抱えていた。肌の白い赤子は白い生地に包まれていた。夕闇迫る時間に、その白さが妙に浮き立って目に飛び込んでくる。
赤子をのぞき込むようにしている母親の顔も白さが反射して浮き立っていた。
すれ違いざま、おれがその母親の顔を見た時、顔を上げた彼女と目が合った。
その表情の満ち足りてなんと自信に満ちていること…。おれは意味もなくたじろいでしまい、曖昧な会釈をして自分の部屋に向かった。
「あぁ、あれが母親なのだ」と思った。
父親はただ幸せそうで、存在感がなかった。すでに顔もはっきり憶い出せない。赤子はただ白く輝き、母親を照らし出す意図的な照明のようだった。
その母親も個性などははぎ取られ、彼女の個人史や生活感は吹き飛んでしまっていた。普遍的な「母」そのものだった。それだけだった。
そして、輝いていた。
憧憬とか敬意とともに、看過しえないわだかまりがおれの心に残された。それは、むりやり説明するなら「恐怖」だ。
あの、迷いのない表情、揺るぎない自信。オンナだけに許される出産が彼女たちに与えるチカラは、おれたちには手の届かないものだ。
ふたりともまだ、おれより確実に若かった。
オンナにあんな表情をさせるなんて、ダンナはきっと、いいヤツなんだろう。
この国では、迷いのない「母」の姿なんて、近年、なかなかお目にかかれないのかも知れない。
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WBA世界ライト級タイトルマッチ
小堀佑介ってボクサー、ご存じでしょうか。
先日、ホセ・アルファロ(ニカラグア)と対戦して、ライト級の世界王者になった。
天然キャラだけど存在感もあり、ボクシングスタイルもなかなか大胆不敵で、堂々と前に出て行くカンジが頼もしい。
こういうタイプはコロッと負けることもあるのかも知れないけど、運もあるようだし、きっと、一時代築くのではないかと思います。
ぜひ、応援してあげてください。
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リーダーとは?
理想の総理大臣、「爆笑・太田」に人気集まる
http://career-cdn.oricon.co.jp/news/54710/full というネットの記事を読んだ。
1位から10位までお笑いタレントだらけだ。彼らが庶民に人気があるのは当たり前のこと。
芸能、特に「笑い」とは常に反権力である。「笑い」は対象に「傾き」や「揺らぎ」を与えることで成立する。傾きを与える対象は、権力であったり、社会規範であったり、とかく絶対視されているモノ、常識的に立場や地位が確立されているモノになる。
はじめから傾いているモノや揺らいでるモノでは、いじっても新たな(創造的な)可笑しさは生まれない。
そういう作業を意識的に行うことで成立するお笑い芸人をリーダーに選びたいと考えるということは、既存の権力、勢力に対するヒトビトの不満や不信は相当なものだと考えるべきなのだろうか?
もちろん、それは事実だろう。
一方で危険な事実誤認があると思う。
寄席や舞台、テレビで政治や権力、世相を揶揄するお笑い芸人を見て、ヒトビトは溜飲を下げる。いつの時代、どんな社会でもそういう娯楽は必要だ。
しかし、だからといって、お笑い芸人に世の中を変えて欲しいとまでは思わなかったはずだし、お笑い芸人も「おれが世の中を変えてやる」とは思わなかっただろう。
いま、誰もがそれを想像している。そして、実際に政治に首を突っ込む芸人まで出てくる。
たとえば、庶民が才気走ったお笑い芸人に何かを期待するのは、まだいい。ドラマのヒーローを見て、「ああ、彼がこの世界に実在したら…」と願う乙女心のようなもの。無邪気で罪がない。
しかし、テレビドラマのヒーローを演じているヤツは、まさか現実世界にそのまま「おれがヒーローだ!」といって登場しようとは思わないだろう。そんなヤツが現れたら確実に病院行きだ。
でも、お笑い芸人は時々それをする。すごく大まじめな顔でそれをする。
百歩譲って、そういう芸人がいてもいい。でも、そんなヤツが現れたら、みんなで笑おうよ。少なくともお笑い芸人なら、それをネタにして、そんなヤツを笑い者にしようよ。
それでも、まだ本気なら…。そのときは「ドン・キホーテ」のように敬意を示してやる。
でも、誰もしない…。誰も笑わないし、連中を笑いものにもしない…。
みんな、本気で期待したりしている。とっても薄気味悪い。
一時期、残酷なテレビゲームや映画、戦争報道の映像なんかが現実と虚構の垣根を曖昧にするなんて論評が盛ん振り回されていた。お笑いを巡る作り手と観客の意識の方こそ現実と虚構の境界が曖昧になっているだろう。
別に政治家や政党でなければ…なんて言ってない。
リーダーとはヴィジョンを示す者だ。何も特技なんてなくたっていい。才気走ってなくたっていい。ヴィジョンを持つ楽天性とヴィジョンを語る説得力、その実現のための最初の一歩を踏み出す蛮勇さえあればいい。
もちろん、残念ながら現代日本でヴィジョンを示すということは、おそらくヒトビトに我慢や出血を求めることだ。だからこそ、今まで以上にこの3つの資質が欠かせない。
その場しのぎの「庶民の味方」やポーズとしての「国と国民のため」ならそこら中に転がっている。しかし、政治家も知識人も評論家もお笑い芸人も、誰もヴィジョンなど示そうとはしない。
この国は長い間、リーダー不在だった。
いまや、ヒトビトにはヴィジョンを見るチカラも残っていない。
やっぱり、ここは「終わった国」だった。
こういうニュースを読みながら、先日観た「大日本人」を思い出す。総理大臣になって欲しい有名人10人の中に松本人志の名前はない。
「大日本人」が描いていること、松本人志の名前がないこと…このふたつ事実は、彼が「芸人」として一流であることの証であるのだと気がついた。
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酒の飲み方
近所の酒屋ではEary Timesが1,050円なので、最近はこればっかりだ。
酒は強いモノの方がすぐに酔えていい。基本的に部屋で飲む。一人で飲むのが好きなのだ。
一人で飲むなら尚のこと、強い酒の方がいいものだ。飲むことに集中できる。
外で飲むと帰るのがめんどくさいし、それにどこへ行ってもヒトだらけだから疲れる。おれは仕事のストレスや鬱憤を晴らすために飲むわけじゃないしオンナとヤりたいわけでもない。騒がしくて狭苦しいところで飲む理由はないわけだ。
本当はテキーラが飲みたい。
テキーラは不思議なチカラを持っていると思う。ぜひ、プルケとかメスカルも飲んでみたいところだ。きっと、すてきな酔い方をするのだろう。
どれも竜舌蘭が原料である。イメージしてみたって、バーボンの原料である一年生穀物の小麦と花を咲かせるまでに数十年もかかる竜舌蘭では、植物として持っているチカラが違って当然だ。
きっとペヨーテにも通じる神聖なチカラが宿っているに違いない。
今宵はもう酔ってますので、これにて失礼。
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澄んだ水には住めない魚もいる
たとえば、タイ。
交通警官が堂々と袖の下を受け取る。小銭ねらいでバイクを止める。おれもやられたことがある。
もちろん、こんなのはタイに限ったことではない。
たとえば、インドネシア
地方自治体に振り分けられる予算には、各所各所でトップ・オフするための予算があらかじめ計上してある。
たとえば、バングラデシュ。
何か許可を取ろうと思ったら、窓口の担当から書類を持ち運びするクラーク、デスクに座るオフィサー、個室に控えるディレクター…、茶菓子代からはじまっていちいち金をばらまかないとことは進まなかったりする。
たとえば、パキスタン。
陸路でインドに抜けたとき、イミグレの担当官は、通過するひとりひとりの旅行者に「ペンくれない?」「そのバッグくれない?」「カメラくれない?」といちいちねだっていた(誰も何もあげてなかったけど)。
役人って生き物の生態は、どこでも似たり寄ったりである。
たとえば、日本。
路上でおまわりに小銭をねだられたことはない。役所で袖の下を要求されることもないし、銀行で金を借りるのに袖の下を払わなければならないなんてこともない。
では、日本では役人の生態が異なるのだろうか?
そんなことはないだろう(笑)。
日本ではインドネシアにも勝るカタチで汚職は構造化されているだけのハナシだ。
たとえば、「安全協会」なんてのを思い浮かべて欲しい。免許を書き換えに行くとほとんど義務のように入会を促してくる(あんなの入る必要ないんですよ)。全国の都道府県にあって、免許センターなんかを仕切っている。あの無意味な講習の講師は安全協会で働く退職警官たちだ。そんなのはほんの一例。
おれが指摘するまでもなく、最近、やり玉に挙がっているそんな団体がそこら中にある。
偉いヤツから小物に至るまで、天下りの網が張り巡らされ、民間も一緒になって役人のセーフティ・ネットを維持している。
これって汚職だろ?
ちまちま小金を要求しないだけで、最終的にはきっちり勘定を合わせているわけだ。きっとタイの汚職警官より、市民を守る日本のお巡りさんの方が取るモノ取っているに違いない。
まあ、立派な経済学者も「官僚にはある程度、収入と保障を約束しないと…」というようなことを書いている。
先日、「いやー、第三世界は汚職がひどくって…」というハナシが最終的にこんな結論に到達した。
路上や窓口に闘争や駆け引きが顕在していないからと言って、日本が汚職のない「美しい国」だなんて勘違いしちゃいけない。おれたちは小役人や汚職警官と日々、対峙することを嫌うがゆえに、システム化された汚職を容認しているだけなのだ。
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誇り高き「おバカちゃん」
中東系のボーイフレンドがいる美容院のオーナーはデブだ。中東系の連中は肉感的なオンナが好きだが、オーナー女史はちょっとその範疇を超えている。オーナー女史が店に現れるときはたいてい機嫌が悪い。きっと、いいセックスをしていないのだろう。
もちろん、ボーイフレンドも当然のごとくデブだし、お互いあれじゃ仕方ない。
数日前、彼女が店の前に車を乗り付けて、スタッフを呼んだ。トランクの荷物を運ばせるためだ。小さな美容院にはスタッフが5人もいる。全員、車に駆けつける。
Jは駆けつけなかった。荷物は大した量ではなかったからだ。
しかし、店に入ってきたオーナーに頭ごなしに怒鳴られた。
「スタッフはあたしが呼んだらすぐ来なさい。あたしはオーナーなのよ!」ってな具合だ。
Jはこの店のスタッフになったつもりはない。あくまで身重のAの手伝いをしているのだ。ついでに仕事を教えてもらう。給料ではなく歩合をもらっている。出勤時間も曜日も自由だ。
さすがに反抗はしなかったようだが、すっかり店に行く気が失せた。
翌日、JはAに「あんたのボーイフレンドが店を買い取って、あんたがオーナーになったらまた働く」といって手伝いを辞し、新しい店探しをはじめた。
そして、明日からパタヤ・カン(セントラル・パタヤ)のとある店で働くことになった。その店はカットが250バーツと高い。ソイ・ヌンとは大違いである。
「少し高級な店で働きたかったの」とJは少し得意そうだ。
従業員募集の張り紙を見て飛び込みで尋ねると、「どこの学校行ったの?」「なにができるの?」といろいろ訊かれた。公立の職業訓練校で3ヶ月のコースを終えただけであること、カットはできないことを伝えると「じゃ、電話するわ」といわれた。
「このままじゃヤバイ」と思ったJは、「やってみせるから、ダメならダメと言って」といってその場で実技試験をしてもらい、なにを気に入られたのか採用ということになったという。
「おまえ、少しくらいイヤなことがあっても我慢しろよ!」。
そんな台詞が脳裏をよぎる。おれもあまり我慢できない方だが、彼女たちはおれ以上だ。
もちろん、住んでいる世界によっては、そんな台詞があまり意味をなさないこともある。通用しないというよりは、我慢したって報いがない。得るものがない。
「世界」というのは、タイという意味ではない。タイだってインドだってそんな台詞に意味があるところだってあるだろう。
どうせ、新しい店にも新しいトラップが待ち受けているに違いない。
だが、今日のところはあっさりとそんな台詞の裏をかいてくるJを素直に褒めておくことにした。
まあ、ちょっと痛快ではある(笑)。
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モノに囲まれて
すっかり更新をサボってしまいましたが、とりあえず一段落。
昨晩はすっかり酩酊し、今日は休みらしく過ごす。
せめて掃除でもと始めてみて思う。「暮らしってのはモノを溜め込むこと」だと。このアパートを借りたとき部屋はほとんどがらんどうだった。掃除もしやすかった。しかし、わずか数ヶ月でこれだ…。
世界中にはほとんど余計なモノなど持たずに生きているヤツらがたくさんいる。持ちたくても持てない者、あえて持たない者…、彼らの持たない理由はさまざまだが、そこには軽やかさと潔さがある。
一方、おれたちは未練たらたら、せま苦しい部屋にぎゅぎゅうモノを詰め込んで生きる。
それはいわゆるモノだけじゃない。下手すりゃいろんなものにがんじがらめだ。
希わくば、おれも旅人のように狩猟民のように一生を送りたいと思うが、なかなか、そうもいかない。
だから、一生に一度くらい、頃合いを見計らってすべてを捨てるのがいい。
そんなつもりではなかったが、せっぱ詰まっておれは「すべてを捨てる」に近いことをした。しかし、かえってなにもかもが拡散してしまったような気もする。
別に、PCのようにリセットしたり初期化したいわけではない。もっとあいまいで気分的なものだ。
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